2016 Fiscal Year Research-status Report
海水温上昇が温帯域海岸の底生動物個体群に及ぼす未知の影響
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26440244
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Research Institution | Nagasaki University |
Principal Investigator |
玉置 昭夫 長崎大学, 水産・環境科学総合研究科(水産), 教授 (40183470)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 干潟 / 十脚甲殻類 / 幼生 |
Outline of Annual Research Achievements |
熊本県天草の富岡湾干潟に生息する甲殻十脚目ハルマンスナモグリ個体群は夏季の大潮時に幼生を放出する。幼生は外海(天草灘)で4週間のゾエア6期を経て、2回後の大潮時にデカポディッド期に達し、干潟に回帰する。近年の海水温上昇は幼生の発育期間を短縮させ、回帰時期を上げ潮流速の弱い小潮時に至らしめ、回帰を不成功に終わらせる可能性がある。本年度はゾエアI期幼生の遊泳行動に及ぼす食物(珪藻)の影響を室内実験で調べた。現場水柱での植物プランクトン濃度に応じた幼生の鉛直移動により、水深別の潮流による輸送経路が異なってくるためである。幼生は抱卵雌から放出直後のもの、食物は市販濃縮珪藻(Chaetoceros gracilis)を用いた。これに給餌(D)・無給餌(F)をそれぞれ1時間経験させた後、濾過海水を入れた薄型水槽に十数個体ずつ収容した。水槽面の照度は均一にし、食物(30万細胞/ml)の有(D)・無(F)条件を設定した。幼生の遊泳行動を2時間ビデオ記録し、各条件で5・30・60・90・120分後、10分間ごとの遊泳速度、50%行動圏、移動角度の頻度、上昇・下降速度の差を求めた。DD・DF条件間では、遊泳行動に有意な差はなかった。遊泳速度に関しては水槽内餌ありで5分後から120分後にかけて増加傾向を示した。水槽内餌なしでは、60分後から120分後にかけて減少傾向を示した。FD・FF条件間では、FD条件で、FF条件よりも有意に積極的な遊泳行動を示した。FD条件では遊泳速度を増加し、行動圏を広くした。FF条件では、遊泳速度・行動圏ともに低い水準で時間に伴う大きな変化は示さなかった。FD条件では鉛直方向に高頻度で移動していた。FF条件では、全方向に満遍なく移動していた。FD条件では上昇速度と下降速度の差が大きく、上昇速度の方が高かったが、FF条件では上昇・下降速度の差はほとんどなかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
海岸に棲む底生無脊椎動物のうち外海に向けて幼生を放出するものは、大潮の強い下げ潮流を利用して沖合に達する幼生数を最大化していると想定される。また、最終齢期の幼生が沖合から海岸へ回帰するときは、大潮の強い上げ潮流を利用することが知られている。このような幼生の放出―回帰の過程に及ぼす海水温上昇の影響を予測するためには、大潮―小潮周期・一日の干満周期における幼生放出タイミングを特定することがまず必要となり、これを明らかにすることができた(一昨年度・昨年度)。また、沖合の内部陸棚域でゾエア期の幼生は水深20~60m間で鉛直移動を行い、特に水深20~25mにあるクロロフィルa極大層が植物プランクトン摂餌のために利用されている可能性が先行研究で示唆されていた。本年度の実験結果は、鉛直移動に関わる遊泳が個体の空腹―満腹度に駆動されるkinesisによるものであること、また、幼生は餌(珪藻:一昨年度特定)の豊富な水深層では一定時間、定位することを示唆している。水柱の水平流速は鉛直位置で異なるため、今回の結果は沖合での幼生の輸送・滞留、及び最終的な向岸(=回帰)輸送のしくみを今後明らかにするうえで意義がある。
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Strategy for Future Research Activity |
ハルマンスナモグリ雌個体群の幼生放出が、数日間続く大潮時のいつ極大になるのかを特定する。そのために、干潟で採集される雌個体群における胞胚個体の割合と、胚の発眼状況(有無と眼の大きさ)、非抱胚個体の割合、再胞胚個体の割合の日変化に着目して明らかにする。また、幼生放出後、再産卵・胞胚が連続して行われることが一昨年度の結果から明らかになったので、これが野外で実際に起こっていることを確かめる。もしそうであれば、夏季、雌成体の胞胚期間は2週間であることが先行研究から分かっているので、個体群の産卵(胞胚)・幼生の放出周期が大潮間隔であることになる。このことで、海岸から外海に幼生を放出する適応的意義が明確になる。さらに、水温に依存した、デカポディッド期に達するまでの発育期間を推定する。最終的に、沖合と海岸近くの流速データ(既知)を活用し、近未来の海水温上昇が幼生の海岸への回帰成功度に及ぼす影響について、回帰タイミングの大潮時から前倒しの程度の点から予測する。
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Causes of Carryover |
消耗品として購入した物品が表示金額よりも安く入手できた。予定よりも少ない野外調査回数で研究目標を達成できたため、旅費を少なくすることができた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
物品費のうちの消耗品費と野外調査旅費として使用する。
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