2015 Fiscal Year Research-status Report
大学生の日本語コミュニケーション能力と論理力の向上を目指すシャドーイング実践
Project/Area Number |
26590146
|
Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
松見 法男 広島大学, 教育学研究科(研究院), 教授 (40263652)
|
Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
|
Keywords | シャドーイング / 大学生 / 母語 / 第二言語 / コミュニケーション能力 / 論理力 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は,大学生が日本語の論理的な文章を一定期間シャドーイングすることにより,「聞く」「話す」を中心としたコミュニケーション能力と,文章を「読む」「書く」場合の論理力とが向上する可能性を,実証的に検討することである。作動記憶の機能の完成期を迎える青年後期の大学生において,シャドーイングの認知メカニズムを調べ,第二言語学習者との共通点,相違点を解明しつつ,母語学習での有効性を支える基礎理論の構築を目指す。 この目的に沿って平成27年度は,「読む」「書く」に焦点を当て,2つの実験を行った。実験3では,大学1年生の母語話者を対象とし,3週間に渡って授業中にシャドーイングをさせた後,批判的思考力が論理的な文章の読解成績に及ぼす影響を調べた。実験では,大学入試問題の評論文を黙読させ,理解度テスト,自己評価アンケート,批判的思考力テストを導入した。その結果,テキストベース問題でも状況モデル問題でも,読解に対する自信度および批判的思考力の高低による成績差は見られなかった。内容の読み取りと記述式問題への適切な対処には,「批判的な読み」自体の指導も必要であるといえる。実験4では,上級の日本語学習者を対象とし,シャドーイングおよび記憶を伴う視写が,日本語の作文力の向上と論理力の育成に及ぼす効果について調べた。実験では,3週間に渡り,心理学テキストから抜粋した複数の文章を,毎日MP3を用いてシャドーイングさせ,段落単位で音読・リハーサルしながら書き写す作業を遂行させた。その結果,専門知識の説明問題において,内容を順序立てて書く傾向が強まり,自己評価と論理的思考力テストの得点も半数以上の学習者で高くなった。 文章を批判的に読む意識を強め,文章内容を明確に理解した上で,説明的な文章をシャドーイングしたり一時的に記憶保持しながら書き写したりする課題は,「読む」「書く」力を向上させる可能性が高い。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成27年度の研究計画では,日本語を母語とする大学生と,日本語を第二言語として学習する日本語学習者を対象とし,シャドーイング実践能力と言語コミュニケーション能力,論理力,記憶容量との関係を調べる実験を行う予定であった。しかし,実験開始までの段階で,各能力の関係を検討する前に,シャドーイングの効果をさらに解明する必要性が生じた。 そこで実験3,4では,当初の計画どおり,日本語を母語とする大学1年生と中国語を母語とする上級の日本語学習者(大学院生)を対象としつつ,日本語の「読む」「書く」に焦点を当て,批判的思考力の観点を導入し,シャドーイング練習が言語コミュニケーション場面での日本語能力と論理力にどのような効果をもたらすかを調べた。このことにより,本研究全体の教育的意義が増したといえる。 実験3,4に共通するのは,批判的思考力に対する自己評価アンケートと批判的思考力テストの採用である。これは,最近,世界的に注目を集めているPISA(Program for International Student Assessment)調査の結果をふまえたものである。PISA調査における「読解力」は,従来の日本の国語教育における定義とは異なるが,充実した展開が求められるグローバル教育では,文章内容を評価・批判しながら自分の意見を述べる「批判的読み」が重要であり,それは批判的思考に基づく。シャドーイング練習が批判的思考力の向上に役立つかどうかや,シャドーイング練習を基礎とした文章の視写活動が論理的な文章作成に役立つかどうかを検証することは,本研究において重要な課題であると判断された。実際に行われた実験3,4の結果分析および考察を通じて,この重要課題が,研究対象として適確であることが分かった。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成28年度は,前年度までの研究成果をふまえ,大学生(大学院生を含む)におけるシャドーイング実践能力と言語コミュニケーション能力,論理力,批判的思考力,記憶容量との関係を調べるため,新たに2つの実験(実験5,6)を行う。そして,本研究を総括する。 実験5では,日本語を母語とする大学生を対象とし,言語課題としてのシャドーイングの遂行成績と,日本語運用能力における発話力,聴解力,読解力,作文力および論理力(問題解決能力),批判的思考力,記憶容量との関係を,相関分析によって明らかにする。コンテンツシャドーイングを採用し,日本語文章の種類と難易度を独立要因として操作した上で,各条件における口頭再生の流暢性とシャドーイング遂行後の記憶・理解度を,シャドーイング遂行成績とする。聴解力と読解力は,国語の大学入試問題を一部改編したもので構成するテストの得点に基づいて評価する。発話力と作文力は,インタビュー形式による発話データと特定テーマに関する説明記述データを複数の観点から評定する。論理力は,言語的・非言語的側面から知能検査問題を利用して測定し,批判的思考力はPISA型テストによって測定する。記憶容量は,リーディングスパンテストと非単語スパンテストを用いて測定する。 実験6は,実験5の比較対照実験である。中国語を母語とする上級の日本語学習者を対象とし,実験5と同様の手続きでデータを収集する。言語コミュニケーション能力の測定では,新日本語能力試験の問題を活用する。記憶容量の測定では,日本語版リスニングスパンテストに加えて,中国語版リーディングスパンテストの利用も検討する。 実験5,6を通して,日本語文章の音韻処理と意味処理を求めるコンテンツシャドーイングの実践能力が,言語コミュニケーション能力のどの側面と深く関わるか,また論理力や批判的思考力,記憶容量とどの程度関わるかが明らかになると考えられる。
|
Causes of Carryover |
次年度使用額100,462円は,平成27年度における人件費・謝金が,当初の予定より低額で済み,大学から配分される個人研究費で賄うことができたため,生じたものである。研究代表者によって,実験の実施とデータ処理の多くが行われたことにより,科研費における人件費・謝金を物品費(消耗品費)として支出し,実験参加者への謝礼となる物品の購入に充てることができた。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成28年度の実験5,6も,研究代表者が,計画の立案から遂行,データ分析および結果の考察,研究成果の発表までを行う。ただし,次年度は,前年度までの実験とは異なり,想定される実験参加者の数が多く,学外でも実験を行う必要がある。特に,日本語学習者を対象とする実験6では,日本国内だけでなく中国の大学にも実験協力を依頼する計画である。 そのため,平成28年度は,配分額500,000円の内訳として,持ち運びに便利なノート型パーソナルコンピュータ2台を購入できるよう,設備備品費200,000円を予算配分し,消耗品費100,000円と合わせて,物品費300,000万円を配分する。次年度使用額100,462円は,翌年度分として請求した旅費50,000円および人件費・謝金150,000円と合わせて,学外での実験実施に必要な調査費や実験助手の雇用に充当する。
|