2015 Fiscal Year Research-status Report
失われゆく石蔵の歴史的、技術的特徴と再生活用に関する研究
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26630286
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
柏木 裕之 早稲田大学, 付置研究所, その他 (60277762)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 建築史 / 石蔵 / 採石 / 石造文化 / 凝灰岩 / 再生 |
Outline of Annual Research Achievements |
地震の多い日本では、石や煉瓦を積み重ねた「組積造」は脆弱で危険な構造と考えられ、現在これらを新築することは事実上不可能である。また石や煉瓦の古建築は「既存不適格」として扱われ、改築のハードルも高い。石蔵は耐火、耐湿、防犯に優れることから、土蔵と並んで各地に作られたが、生活スタイルの変化に伴い倉庫として利用する機会が減り、不要となるケースが増えている。地震などで被害が生じると、例え軽微であっても、一気に取り壊しに至るケースが少なくない。その結果、石蔵を作る職人の減少も引き起こし、ひいては日本の石造建築文化の衰退、消滅へと行き着くことが危惧される。こうした状況に対し、石蔵の再生、活用を目指す動きも出始めたが、参照すべき事例もまとまっておらず、個々に対応しているのが実情である。本研究では既存の法規の枠内で、石蔵を用途変更として再生、活用する方法の可能性を探ることを目指している。 石蔵の適切な利活用を図るためには、石蔵そのものの理解が不可欠である。石蔵は石の産地に数多く残されていることから、各地の凝灰岩系採石場とその町を訪ね、採石を含む石蔵の包括的な調査を進めてきた。その結果、石蔵の様式や建造技術は基本的には類似しているものの、地域によって細かな違いが認められた。更に採石技術や職人組織、運搬などの地域的な違いも大きく、地域性に着目して資料の収集を図る必要性が認識された。 さらに石蔵の再生活用は、町全体の再生と密接に関わっていることから、閉山となった採石場の跡地利用も重要な課題である。そこで比較研究として、鉱山史跡の利活用を取り上げ、検討を進めている。このほか採石場には石彫工具や職人組織を記した古文書などが残されており、こうした古資料の保護、保全、分析作業も喫緊の課題として認識された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまでに各地の凝灰岩系の採石場を訪ね、基礎資料の収集を図ってきた。特に機械化の広がりと職人の流れに着目し、市町村史等の文献史料の整理を進めてきた。関東地方では大谷と伊豆長岡、房総金谷の3地区で、掘削機械の広がりと職人集団の移動の関係が窺われた。 凝灰岩の採石技術には地域的な大きな違いは認められなかったが、工具や石工の生産組織、符牒などには地域差が認められた。また石の運搬方法にも地域差が強く認められ、山から降ろすときに用いる橇や大八車などのほか、川を利用する和船について資料を収集している。 明治までの石蔵は、土蔵の表面に石を貼り付け、鉄釘で留めるなまこ壁形式であり、表面には薄く加工した凝灰岩の他、鉄平石のような自然の石も使われた。特に後者の蔵は長野地方などに残るが、調査研究が不十分であり、詳しい実測の必要性が認識された。また伊豆下田や大谷では加工された薄石を貼り付ける形式から石を積み重ねる構造に変化したことが分かっており、明治末から大正期に日本における組積造の技術が習熟していく過程を知る資料として興味深い。 石蔵が数多く残る栃木県宇都宮市大谷地区を中心に、石蔵集積地域の悉皆調査を行ってきた。大谷は現在でも「大谷石」の採掘が行われ、日本を代表する凝灰岩の産地である。これらの石蔵の保存や、景観を配慮した利活用などについて検討してきた。 また石蔵の細部技術についても考察を進めている。特に屋根に石を用いる技術に着目し、大谷地、伊豆、福井の石蔵や、新島のコーガ石、対馬の石屋根について現地調査を実施してきた。下地板を一面に敷く瓦屋根と違い、石屋根は母屋桁に直接載せられる。そのため架構が複雑であることがわかった。屋根架構を担当する大工と、壁の石積みや石屋根を準備する石工との間でどのように作業が分担されていたのかを探っている。
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Strategy for Future Research Activity |
宇都宮市大谷地区で進めている石蔵集積地区の調査を継続する計画である。地元のNPO及び宇都宮大学と共同でこれまでに4地区の悉皆調査を実施してきた。これらの成果をもとに歴史的な観点から各地区を掘り下げ、大谷地区における石蔵の利活用をまとめる計画である。 閉山となった採石場の活用も課題である。操業を停止した炭鉱や鉱山では、地下施設を観光資源として活用するケースがみられる。鉱山史跡は工場施設であり、周囲の町並みとは隔絶されているが、採石場の周囲には石で作られた建造物や塀が残ることが多く、町全体を視野に入れた活用方法が求められる。札幌市石山公園のように採石場の活用に取り組む例もあり、こうした取り組みを収集し、問題点や展望を検討する計画である。 石や煉瓦を積み重ねた組積造は、現在の建築基準法の規定で細かく規定されている。一連の規定は明治期に西洋の建築技術として導入され、濃尾地震、関東大震災等を経て、地震国に適応した形に修正されていった。そうした経緯を細かく追い、今日の規定に至るまでの流れを整理する計画である。 石積みや採石に関連する技術について、歴史的な観点から基礎的な資料の収集を引き続き行う計画である。江戸期に城郭で培われた技能が明治期の洋式組積造建築を支えたと考えられることから、石垣の技術について整理する計画である。また採取された石材を運搬する際に用いられた和船について研究を進める予定である。和船の建造は現在ではほとんど見られなくなり、伝統的な技術は失われようとしている。その状況は採石や石積みと同じであり、本研究で培った技術や工具の記録、分析方法を応用し、日本の和船文化を記録、研究する準備を進める計画である。 これらの研究成果を総合し、石蔵の建築的特徴に根ざした利活用を提案する計画である。
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Causes of Carryover |
閉山となった採石場は放置され、道も整備されていないことが少なくない。そのため天候の影響を考慮する必要があり、調査には予備日を含めた余裕のある日程を計画し、予算を計上している。しかし概ね順調に予定を消化することができ、予備日相当分の経費を翌年度に繰り越すこととなった。また計画していた瀬戸内花崗岩採石場調査について先方と日程の調整がつかず、次年度に延期することにしたため、繰り越しが発生した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
計画していた瀬戸内地域の花崗岩採石場および石彫工具調査を実施するとともに、新たな課題として浮上した石材運搬に用いられた和船の歴史的、技術的研究に充当する計画である。
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