2014 Fiscal Year Research-status Report
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26650032
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Research Institution | Gifu University |
Principal Investigator |
玉川 浩久 岐阜大学, 工学部, 准教授 (60324282)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 膜電位 / Goldman-Hodgkin-Katz / イオンチャネル / ナトリウムポンプ / 吸着理論 / Boltzmann分布 |
Outline of Annual Research Achievements |
あらゆる生命を構成する細胞の内外には電位差が生じている。この電位差は膜電位と呼ばれ、細胞活動時に激しく変動することから生命活動の表れのひとつと言える。従来の学説によれば、膜電位は主として「可動イオンの細胞膜透過」によって引き起こされると考えられている。この学説は総じて膜電位理論と呼ばれ、20世紀半ばに確立された。以来、生命科学のみならず、非線形物理学や数学にまで影響する一大概念となった。しかし、この膜電位理論では説明できない実験事実が古くからあることは余り知られていない。 本研究は、膜電位発生にはイオンの膜透過性は無関係であるとの予想の下に行われた。膜電位理論の正否を決定づける実験を、細胞を用いて行うことは複雑すぎる。従って、細胞の代わりとなる単純な人工系を用いて膜電位理論の検証を行った。人工膜を細胞膜に見立て、この人工膜で分け隔てられた二水溶液間にどのような電位が発生するかを調べた。人工膜として、イオン透過性のある膜と無い膜を用いた。その結果、膜に透過性があっても無くても非ゼロの膜電位が発生し、二水溶液間に発生する膜電位とイオンの透過性は全く無関係であることが明らかとなった。つまり、「膜電位発生の実験的観測」は、直ちに「イオンが膜透過をしている」という結論には結びつかないということである。これは重要なことを示唆している。今日に至る迄、膜電位理論は実験結果を非常にうまく説明してきたことから、「イオンの膜透過こそが膜電位の起源である」と考えられ、その延長上に、「イオンチャネルやナトリウムポンプといったイオン輸送担体が細胞膜に存在する」と予想されいた。そして、チャネルもポンプも「実際に存在する」と広く認められてきたのである。しかし、膜電位発生とイオンの膜透過性は無関係ならば、膜電位理論のみならず、生命科学の根幹概念を考え直さざるを得ないことを示唆している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
既述の様に、本研究の目的は、「膜電位発生とイオンの膜透過性は無関係であることを証明する」ということにある。実際に用意した人工膜で隔てられた二水溶液間の電位を測定すると、膜にイオン透過性が無くても非ゼロ膜電位が生じ、なおかつその電位の振る舞いはイオン透過性がある膜を用いた場合と大差ないことが明らかとなった。 本研究および過去の関連研究から膜電位発生は人工膜表面へ二水溶液中に含まれるイオンが吸着するから引き起こされると示唆されていた。つまり、膜の「表面構造・性質」だけが膜電位発生に寄与していると考えられた。この点をより明確にするために、膜の表面構造は互いに同じであるが、内部構造が全く異なる人工膜を二種作製し、これら膜に隔てられた二水溶液間の膜電位の計測を行ったところ、予想通り、膜表面構造が同じであるがゆえに内部構造が異なる膜を用いても全く同じふるまいの膜電位が観測された。これらの実験結果から、長い間信じられてきた膜電位理論の正当性(Goldman-Hodgkin-Katzの式の妥当性やイオンチャネル・ナトリウムポンプの存在等)に強い疑念が生じる。不透過膜を用いた膜電位の計測を詳細に行うことで分かってきたことは、透過・不透過を問わず、膜を介した二水溶液間の非ゼロ電位差(膜電位)の発生は、水溶液中の可動イオンの膜表面への吸着に伴う、Boltzmann分布に従った再分布により生じているということである。つまり、古典的な物理化学の範疇内の概念で説明可能な現象に過ぎないということである。膜電位の発生とは、細胞膜中に存在するとされるイオンチャネルやナトリウムポンプなど必要としない、生物(細胞)・無生物(人工膜系)の違いを問わないありふれた現象でしかないということが強く示唆された。 以上のことから当初の目標に現時点で到達できたと言え、おおむね良好な研究の進展が見られたと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
細胞に見られる膜電位の典型的な現象としてaction potentialがある。action potentialは従来の学説によれば細胞膜を介した、細胞内外のイオンの流れによって生ずるとされる。action potentialはある条件の下では発信する。この発信現象は、生命現象特有の現象の一つであると考えられそうではあるが、これと極めて類似した現象が人工系でも観察されることは実は古くから知られている。たとえば、非線形物理学の分野では、Yoshikawaらによって膜を介した二水溶液間の発信現象として非常に深く研究されてきている[1,2]。彼らは観測した発信現象を、基本的に膜のイオン透過に帰してはいたが、不透過膜を用いても発信現象がみられることも報告している(彼らは、そのメカニズムは明らかにしていない)。細胞を用いても人工系を用いても膜を介した電位差の発信現象は、イオンの膜透過性は無関係であり、いずれも全く同じ物理科学理論に基づいた現象であると考える方がより単純明快である。自然界が、細胞と人工系を区別して電位の発信現象を生み出していると考えることはむしろ不自然である。 以上のことから、今後は人工膜系を用いて観測されるaction potentialのような電位差の発信現象を観察し、その現象が生物、無生物問わず一つの物理化学概念で説明され、ひいては膜電位の発生そのものがイオンの膜透過とは無関係であるということを証明する 参考文献 [1] K. Yoshikawa, K. Sakabe, Y. Matsubara, T. Ota, Biophys Chem 20, 107-109, 1984. [2] K. Yoshikawa, K. Sakabe, Y. Matsubara, T. Ota, Biophys Chem 21,33-39, 1984.
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Causes of Carryover |
本研究は、細胞に発生する膜電位は、「イオンが細胞膜を透過することで発生する」という従来学説(膜電位理論)を否定し、それに代わる理論を提案することを目的に行われた。実験結果は、「膜電位を否定する実験結果を幾つか得ることができた」というレベルではなく、様々な実験系で実験を行い、「どの場合においても膜電位理論は誤りである」としか考えようが無いと言うほどに多くの、膜電位に否定的な結果を得るに至った。これら実験結果は、Springerの査読付きの英文誌に掲載するに至った。このように、当初期待していた以上に研究が進展し、初年度に使う研究費以上の額を、初年度に必要とするようになり、科研費を一部前倒し請求した。「次年度使用額」は生じたが、これはあくまで、科研費前倒し請求によるものであり、額も初年度使用全額に比べると2%程度であり、ほぼ予定通りの研究費使用と言える。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
26年度研究費残額は、27年度研究費と合わせて本研究をさらに進めるために使う。26年度の研究の過程で、今後の実験では実験に使っているイオン性水溶液内の詳細を知ることが必要であることがわかった。より具体的には水溶液のイオンが何であるか、そしてその濃度はどの程度かという詳細なデータが必要になることがわかってきた。そのため26年度研究費残額は、27年度研究費と合わせてイオン電極を購入するために使う。具体的にはカリウム電極と塩素電極を2本づつ購入し、実験を行っていく。これら電極を用いて、透過膜で二つのイオン性水溶液を分け隔てた場合、膜を透過していく各イオンの量がどのように時間とともに変化していくかを明らかにして、イオンの膜透過性と膜電位発生には関連は無く、膜電位理論に代わる理論を作り上げる予定である。
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Research Products
(2 results)