2014 Fiscal Year Research-status Report
現代イランにおける東洋的身体技法の実践とイスラーム的転回をめぐる人類学的研究
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26750266
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
黒田 賢治 広島大学, 総合科学研究科, 日本学術振興会特別研究員 (00725161)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 空手道 / イスラーム / スポーツ人類学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度においては、イランにおける空手実践の歴史的展開について初期の空手道の普及と指導方法について資料読解と臨地調査を実施した。 資料読解はイランにおける近年のインターネット普及を背景とした、実践者自身のイランにおかる空手道の歴史的記述を中心に行った。その結果、イランにおいては空手道が紀元500年のインドに始まり、中国を経て琉球、日本で花開いた身体実践として捉えられており、1500年以上の歴史的深度をもつ身体実践であることが一般的な認識として広がっているというが明らかとなった。またイランにおける空手道の始まりは、1970年代に遡るとともに、日本から直接イランに広がったのではなく、イランに生まれフランス、カナダへ移住した「完全会」の創始者ファルハード・ヴァーラステ氏によってもたらされたことが明らかとなった。さらにイランの空手道の流派が「完全会」に始まることで、いわゆる伝統派、フルコンタクトの空手道のいずれも一つの空手道団体に統一されていることが明らかとなった。 こうした歴史的な展開についての資料調査に加え、空手道とイスラームとの関係を明らかにするために、イランにおける空手文化の始まりをなした「完全会」における精神面での指導方法について検討するため、カナダのトロントおよびロサンゼルスでヴァーラステ氏の指導を受けた空手家へのインタヴュー調査を行った。その結果、精神面での指導よりも技術面の指導を重視してきたことにより、精神面の修行については実践者個人に委ねられてきたことが明らかとなった。つまり精神面の修行が個人に委ねられてきたがゆえに多様な文化的・宗教的解釈が可能となり、イスラームへの読み替えも可能になってきたことが明らかとなった。なおイランにおける空手道の父にあたるヴァーラステ氏は研究代表者の調査中の2015年3月1日にトロントで逝去されたことを付記したい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年においては研究実績の概要で示したように、資料読解ならびに移民としてイラン国外へ移住したイランにおける空手第一世代および第二世代に関する臨地調査を行いおおむね順調な研究の進展があったと評価できる。また研究成果の発信についても、イランにおける東洋的身体実践(空手道およびヨーガ)そのもののに関する研究成果ではないものの、今後の研究を進めていくうえで必要となる(1)現代イランの宗教と社会に関する研究成果の発信、(2)精神文化の読み替え作業/換骨奪胎され新たな形態へと移行する宗教実践について積極的に成果発信が行えたという認識がある。 (1)現代イランの宗教と社会に関する研究成果の発信は、博士論文を基に現代イランにおける宗教と国家、さらには社会の三者関係について著書を出版した。そして同書のあとがきに、イスラーム文化の多元的な展開とイスラームとしての統一性、そして統一性のなかでおこる現代的な変容を捉えるうえで、本研究の重要性について論じた。より具体的に言えば、イスラームの総体をウィトゲンシュタイン流の言語ゲームの総体として捉え、多分かの土着化を新たな言語ゲームの形成と従来の言語ゲームへの置き換えとして捉えるという考え方である。また2)精神文化の読み替え作業/換骨奪胎され新たな形態へと移行する宗教実践については、近年行ってきた南アジアのシーア派における宗教実践で用いられる廟模型を分析することで、本研究における研究の方向性の一つである「倒錯/読み替え」について示すことができた。 それゆえ交付申請書の研究計画における研究成果の発信方法および研究の目的と完全に一致しないまでも、全体的な研究の目的の到達に至る総合的な観点から、概ね順調に研究が進展したと評価した次第である。
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Strategy for Future Research Activity |
本年の成果を踏まえて、来年度にはイランにおける空手文化およびヨーガ文化に関する事例を分析するうえで必要となる理論面、特にフェティシズムに関する人類学的研究およびスポーツ人類学的研究に関する理論的な強化を図っていきたい。 日本国外へも空手道が広がるなかで、武道精神に代表される日本において明治期以降生成されてきた空手道における精神文化が他文化社会の文脈にある精神文化へと翻訳され土着化されるプロセスを「倒錯」のプロセスとして動的に分析するうえでフェティシズム研究は非常に重要な手掛かりとなる。というのも、フェティシズム研究がこれまで物質と本質をめぐる「倒錯」について動的な視座を提供してきたたえである。そこでイランにおける東洋的身体技法が土着化する過程を分析するための分析視座を整理するためにフェティシズム研究に関する理論的強化を図りたい。 またこれまでアルジュン・アパデュライによる近代インドにおけるクリケットの議論やニュージーランドのラグビー文化の土着化に関する研究など、近代におけるヒトと外来のスポーツの土着化をめぐる研究を参照していくことで、スポーツ人類学的な議論の遡上に乗せイランにおける東洋的身体技法に関する展開について精緻化していくことが可能となることが予見される。それゆえディシプリン的な強化を図っていくということが、今後の研究の推進方法として挙げられる。 ディシプリンの強化に加え、本年に歴史的外観を調査した空手道だけでなく、本研究のもう一つの着眼点であるヨーガについても、今後イランにおける導入と発展といった歴史的外観を文献資料・映像資料、さらには臨地調査によって明らかにしていきたい。
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