2016 Fiscal Year Annual Research Report
Genealogy of "Sentio, ergo sum": From Herder to Merleau-Ponty
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26770038
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
杉山 卓史 京都大学, 文学研究科, 准教授 (90644972)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | ヘルダー / メルロ=ポンティ / ヴェルナー / カッシーラー / ヴァールブルク学派 / 共通感覚器官 |
Outline of Annual Research Achievements |
交付申請書に記載した研究計画に基づき、本年度はメルロ=ポンティの現象学におけるヴァールブルク学派を介したヘルダーの影響の解明を遂行した。 メルロ=ポンティは『知覚の現象学』(1945年)において「私はヘルダーとともに『人間は永続する共通感覚器官である(L'homme est un sensorium commune perpétuel)』と言いたい」と述べて「ヘルダー・ルネサンス」をもたらしたが、実際にヘルダーが残しているのは「われわれは思惟する共通感覚器官である(Wir sind ein denkendes sensorium commune)」である(『言語起源論』1772年)。メルロ=ポンティは、意図的に「誤引用」したのか。否である。なぜなら、メルロ=ポンティはヘルダーから直接にではなくヴェルナーの『感覚研究』(1930年)から「孫引き」しているが、ヴェルナーにおいてすでに誤引用は発生しているからである。この誤引用は、ヴァイマール共和政時代に新設されたハンブルク大学を舞台に展開された「ヴァールブルク学派」とりわけカッシーラーの興味深い研究方法の一端を示している。 しかしこのことは、ヘルダーが決して「われわれは永続する共通感覚器官である」と述べなかったであろうということを意味しない。なぜなら彼は、晩年の『純粋理性批判のメタクリティーク』において実際に「われわれの内部は、あらゆる感官の持続する共通感覚器官となる」と述べているからである。その意味でヴェルナーもメルロ=ポンティも、ヘルダーを誤引用・誤解していたとは必ずしも言えない。むしろ、従来注目されてこなかったヘルダー晩年のカント批判における共通感覚器官の役割にわれわれの目を向けさせるという点で、この「誤引用」に注目することは有意義である、とさえ言える。
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