2015 Fiscal Year Research-status Report
中世スペインにおけるキリスト教とイスラーム間の異文化交渉:トレドのムデハル美術
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26770049
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Research Institution | Tokyo University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
久米 順子 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 准教授 (60570645)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | ムデハル / スペイン / 中世美術 / キリスト教美術 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究計画の2年目にあたる平成27年度(2015年度)は、研究実施計画に即して、ムデハル研究の先行研究渉猟を集中的に行った。そのため科研費支出額の大半を書籍の購入代金が占めることとなった。 4月には、アルゼンチンで開催された第2回目の非ヨーロッパ圏における西欧中世研究の国際コロキウムに参加した。非西欧圏から西欧世界を研究する意味・意義や問題点を多様な国籍の研究者たちと多くの時間を共有しながら語り合うことで、世界のグローバル化の進展と同時に日本の特殊性を再認識する貴重な機会となった。同分野の研究者たちとの国際的な連携を強化する点でも効果的であった。マル・デル・プラタ国立大学で同時開催された、学際的なアプローチによる人文学を追及する国際シンポジウムおよび大学院特別セミナーにおいても口頭発表・講演を行い、非常に過酷なスケジュールではあったが濃密で有意義な滞在となった。 10月には美学会全国大会シンポジウムで、文字史料と画像史料をめぐり、中世スペインの例を報告する機会を得た。本研究計画の研究対象であるムデハル美術の作例を中心に、キリスト教世界の美術作品に表されたイスラームに関連する事象やムスリムの姿について考察を行った。 また、2008年にメキシコで行われた国際集会の論集が今年度ようやくスペインで刊行された。本研究計画の直接の成果とはいえないにせよ、イベリア半島における異文化受容をめぐる問題意識に基づく研究の一端である。本研究計画の着想に直接的に結びつく研究内容が、時間がかかったとはいえ公刊に漕ぎつけたことは喜ばしい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ムデハル研究の先行研究の収集と読み込みについては、おおむね順調に進展している。昨年度の報告ですでに今後の課題として挙げたとおり、ムデハル研究ならびにムデハル美術研究では、イベリア半島のなかでの地域差が予想以上に大きいことが明らかとなった。報告者のこれまでの研究経歴等を鑑みて、半島の中心部に存在する古都トレドを中心に考察するとして本研究計画を立案したが、その地域差こそがムデハル美術の全体像を把握する際の要となるようにも思われ、具体的局所的な地域事情と大局的な視野の両方を抑えながら研究を進めていく必要性を感じている。 中世スペイン研究における他国の研究者とのネットワーク構築については、今年度に行ったアルゼンチン出張などを通して、予想以上の成果をあげることができた。これまでの交流のなかで報告者が知り得た中南米の西洋中世学について、非ヨーロッパ圏からのヨーロッパ研究のひとつのケーススタディとして日本の西欧中世学界に紹介すべく、現在報告記事を準備中である。中南米の西洋中世学は、歴史的経緯や言語面で日本とは大きく異なる反面、史料・文献入手上の問題や「グローバル化」を推進する各国の学術政策への対処などにおいて共通する点も多い。他地域との比較は、自分の研究の立ち位置を再確認するうえで新鮮な視点をもたらしてくれるために非常に有用だと感じている。 一方、ムデハル研究に欠かせないアラビア語の学習については予定ほど順調に進んでいない。これには、後述するように、本研究計画の策定時には予想されなかった頭脳循環プロジェクトによる海外派遣が決定し、その準備などに多大なエネルギーを要したことも大きいが、今後改善していかなければならない点である。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度以降は、研究実施計画に従い、具体的な作品の分析に取り掛かりたい。また、先述した通り、アラビア語の学習をいっそう継続的に実施していく必要性を感じている。 一方、今後の研究計画の推進に大きな影響を与える要素として「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」プロジェクト「境界地域の歴史的経験の視点から構築する新しいヨーロッパ史概念」(東京外国語大学、主担当研究者:篠原琢)がある。このプロジェクトが採択されたことにより、報告者が2016年度にイタリアへ派遣されることとなった。まったく予期していなかった派遣であるが、南イタリアとくにシチリアにおける中世ノルマン王国でのイスラーム文化とキリスト教文化の交錯は、中世ヨーロッパにおけるイスラームの存在を考えるために、ムデハルと並ぶ重要性を持つ。イタリアで蓄積されてきたキリスト教世界とイスラーム世界の交渉に関する研究を知り、本研究を別の視座から見直すための格好の機会であると捉えている。 そのため、アラビア語文献学を学ぶために当初計画で予定していた2016年度のスペインへの短期滞在は変更せざるを得なくなった。そのかわり、6月にスペインにおける中世研究の一大センターのひとつであるリェイダ大学で開催される中世研究国際集会での口頭発表およびサマースクールへの講師としての参加が決定した。また9月にはマドリードの美術史国際研究集会で、スペインにおけるムデハル美術史の形成と発展について口頭発表を行う予定である。そうした機会を活用して、今後ともムデハル研究、ムデハル美術研究、アラビア語文献学の基礎的な史料の入手に努めるとともに、世界各地の西欧中世研究者とのネットワークをさらに発展させていきたいと考えている。
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Causes of Carryover |
資料整理のための謝金を予定していたが、適切な人材が見つからず、当該経費を使用しなかったため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度の研究遂行のために充てる予定である。
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