2015 Fiscal Year Research-status Report
「モデル」の変容―ブルゴーニュ公の祈祷者像と初期フランドル絵画―
Project/Area Number |
26770055
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Research Institution | Osaka Ohtani University |
Principal Investigator |
今井 澄子 大阪大谷大学, 文学部, 准教授 (20636302)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 美術史 / フランドル / ネーデルラント / ブルゴーニュ / 祈祷者 / 肖像 / パトロネージ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、初期フランドル絵画の祈祷者像の「モデル」としてブルゴーニュ公の祈祷者像が担った役割を、自己称揚と均衡の観点から明らかにすることを目的としている。本年度は、前年度に行った作業を踏まえ、 1.四代目ブルゴーニュ公シャルル突進公の祈祷者像リストの補完作業、2.シャルル突進公の祈祷者像の具体的な図像分析、3.シャルル突進公の祈祷者像と三代目ブルゴーニュ公フィリップ善良公の祈祷者像の比較分析、という三点についての調査・研究を行った。 1.については、シャルル突進公の祈祷者像のみならず、奉献像・擬装肖像・献呈図像など、祈祷者像に類似する参考作例を含めたリストを作成した。とくに、シャルルの容貌で表わされた聖人ゲオルギウスやアンドレの描写は、本研究にとって重要なものであることを示した。さらに、シャルル突進公の実際の外観や性格を確認するために、15世紀当時の年代記作者たちによるシャルル評を確認・整理した。 2.については、シャルルの姿が、作品ごとに異なる華やかな衣服を身につけている点に、自己称揚の要素を見いだした。これはシャルルの装いが「とても仰々しい」と記した15世紀当時の評価と一致するものである。他方で、構図分析からは、祈祷者を目立たせない控えめな表現も見いだした。 3.については、肖像も含めて比較分析を行った。その結果、フィリップ善良公の肖像・祈祷者像には、構図に占める位置や天幕・紋章などのモティーフ、そして登場回数などに自己称揚の要素が顕著に認められた。それに対して、シャルル突進公の祈祷者像は、フィリップの自己称揚の表現を踏まえつつも、祈祷対象に従属するという祈祷者像本来の役割を考慮し祈祷対象と均衡をはかるような表現がうかがえた。同時に、シャルルの自己称揚の意図が、服飾と二重肖像にあらわれていることを見いだした。 以上の研究成果は、共著書・雑誌論文等で公表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究は、初期フランドル絵画の祈祷者像の「モデル」としてブルゴーニュ公の祈祷者像が担った役割を、自己称揚と均衡の観点から明らかにすることを目的としている。本年度は、ブルゴーニュ公シャルル突進公の祈祷者像分析を中心に実施した。とくに、先代のフィリップ善良公との比較を通して、シャルル突進公の祈祷者像において均衡の表現がより重視されたという点を明らかにしようと試みた。 まず、前年度に作成したシャルル突進公の祈祷者像リストを補完する作業を行った。その結果、祈祷者像に類似する参考作例を加えることができ、充実したリストとなった。また、15世紀当時のシャルル評を確認・整理し、シャルル突進公の自己称揚と均衡の意識を分析する際の基盤とすることができた。 つぎに、シャルル突進公の祈祷者像の図像分析を、フィリップ善良公の祈祷者像と比較しつつ行うことができた。その結果、当初の予測どおり、フィリップ善良公の祈祷者像には自己称揚の要素が、シャルル突進公の祈祷者像には均衡の要素が強く認められることを確認できた。同時に、シャルル突進公の描写には、均衡をはかる表現ばかりでなく、とくに服飾と二重肖像の表現に独自の自己称揚があらわれていることも見いだした。この発見は、本研究の視点を深めることとなった大きな成果である。 以上に挙げた本年度の研究内容は、本務校の紀要や報告書等、複数の論考で検討し、公表した。また、初期フランドル絵画の「モデル」としてブルゴーニュ公の祈祷者像が担った役割を明らかにするという本研究の最終目的は、昨年度から部分的に前倒して進めている。その成果をおさめた拙著(『聖母子への祈り』国書刊行会、2015年)は、花王芸術・科学財団の「平成27年度 第10回美術に関する研究奨励賞」を受賞した。 以上のように、本研究は当初の計画以上に進捗している。
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Strategy for Future Research Activity |
平成28年度は、ブルゴーニュ公の祈祷者像が初期フランドル絵画の「モデル」として果たした役割を、自己称揚と均衡の視点から解明することを目指す。 第1に、平成26~27年度の調査結果を踏まえつつ、ブルゴーニュ公の祈祷者像リストを完成させるとともに、リストにおさめた作品の図像分析を進める。平成28年8月に予定しているヨーロッパ出張においては、平成27年度の調査において重要性が判明した作品の閲覧を中心に、最終調査を実施する予定である。 第2に、フィリップ善良公・シャルル突進公の祈祷者像と、初期フランドル絵画の祈祷者像の代表例とを比較・検討する。初期フランドル絵画の祈祷者像については、すでに分析を終えており、フィリップ善良公の祈祷者像との比較・検討も予定を前倒して進めているところである。そこで今後は、ジョン・ドン卿やウィレム・モレルなど、シャルル突進公の時代にフランドルで活躍した注文主の祈祷者像を中心に、シャルル突進公の祈祷者像との共通点・相違点という観点から分析する。そのうえで改めて、ブルゴーニュ公と初期フランドル絵画の祈祷者像とを通時的に比較していく。 第3に、シャルル突進公のフランドル地域における影響力を、美術作品の利用という視点から考察する。その際は、祈祷者像のみならず、初期フランドル絵画に描かれたシャルル突進公の「擬装」肖像や、ブルゴーニュ宮廷周辺で享受されたタペストリーの寓意表現も分析することで、シャルル突進公の注文作品がフランドル地域の観賞者へ及ぼした効果を具体的に検討する。 以上に計画した研究調査の成果は、本務校の紀要論文などにおいて発表する予定である。
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Research Products
(9 results)