2015 Fiscal Year Research-status Report
1945年以降のドイツ語文学における<想起される言語>
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26770118
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
宮崎 麻子 大阪大学, 言語文化研究科(研究院), 講師 (60724763)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 記憶 / 歴史 / 物語 / 現代文学 / 東ドイツ |
Outline of Annual Research Achievements |
平成27年度は第一に、ホロコーストの記憶をめぐる芸術の形態と可能性について考察した論文が所属研究科の刊行物に掲載された。当論文ではポーランドのアーティストであるM.バウカのヴィデオ・インスタレーション「BlueGasEyes」(2004)を分析し、人種主義のもたらした災いをめぐって、加害者と犠牲者を「ドイツ人」「ユダヤ人」といった属性に区分しない想起のあり方を見出した。バウカはしばしばP.ツェランの詩を引用することで知られており、この作品の題名もツェラン「死のフーガ」を連想させるが、本論の観点からは、「青い目」の持ち主を加害者に限定している「死のフーガ」よりも、人種や民族といった属性と関連づけることなく「目」のイメージと死者の記憶を組み合わせたツェランの詩「氷、エデン」が呼応すると論じた。 次に、6月にフィンランドのトゥルク大学で開催された国際学会Ethics of Storytelling で口頭発表を行った。この発表では東ドイツ出身の小説家Jenny Erpenbeckの小説『襲来/家さがし』(2008)を扱い、小説の語りの形式について分析した。ナチス時代や東ドイツ時代など100年近い歴史を様々な登場人物の視点から語るこの小説では、類似した出来事やモチーフが複数の章にわたり繰り返されるものの、それらは毎回異なる登場人物と新たな関係性を結んでいる。それぞれの人物の経験の固有性を認識するよう促すようなこの小説の語りのあり方について発表・討論を行った。 さらに刊行が次年度となる論文の執筆も進めた。その中で、Ch.ヴォルフの小説『天使の街』(2010)を扱い、東ドイツの記憶と亡命のテーマとの接点が見えてきたことは大きな収穫であった。1月26日には、亡命文学を研究している若手研究者二人をゲストに迎え、討論会を開催し、司会者として議論した。3月にベルリンで資料収集を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
資料収集と論文執筆のプロセスにおいて、記憶と亡命というテーマの接点について、具体的な論点を洗い出すことができ、論点を拡充することができた。ナチス政権期の前後にアメリカに亡命したドイツ語詩人に関して、昨年度からローゼ・アウスレンダーの詩を注目作品の一つとして調査を行ってきたが、アウスレンダーをはじめとするアメリカにおけるドイツ亡命文学が、本課題のもうひとつのテーマである東ドイツの記憶といかなる接点をもっているかについての発見が特に大きな進歩となった。これは特に、今年度クリスタ・ヴォルフの『天使の街』(2010)の分析が進んだことによる。1990年代前半のロサンゼルス滞在記の回想記の体裁をとったこの小説には、1940年代のロサンゼルスにおけるドイツ語文学者たちの足跡を辿る場面が度々登場し、特にトーマス・マンの日記は何度も引用される。そこには、知識人が亡命することと祖国について発言することとの関連を問い直し、ドイツ文学史をどのようにとらえるかというテーマが通底している。このテーマをめぐっては、1940年代と1990年代の違いや、ナショナリズムとの関連といった観点から新たな文献を購入・入手した。それらについては今後続けて検討していきたい。 これらの内容面での進展だけでなく、「実績の概要」に記したように、研究成果を国内外で公表することもできた。執筆活動の他、フィンランドでの国際学会における口頭発表、所属研究科で開催した討論会の司会、そしてベルリンでの資料収集において、それぞれの場所で出会った研究者たちと情報交換や議論を活発に行うことができた。
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Strategy for Future Research Activity |
(1) アウスレンダーとドミンという詩人たちによる、亡命と言語の記憶に関する詩を分析した論文は、平成26年度に「異文化間ドイツ語文学研究雑誌(ZiG)」の査読を通過し、27年度に修正作業を行った。2016年夏の号に掲載される予定である。(2) 2015に原稿を執筆した、2000年から2015年にかけてのポスト東ドイツ文学についての論文が、2016年にドイツのフィンク出版社の論集に掲載される予定である。(3) クリスタ・ヴォルフの『天使の街』を手掛かりに、亡命文学と東ドイツの記憶との関連について考察を進め、2016年4月下旬に国際学会「ナショナリズム ヨーロッパとその迷路」(ポルトガル独文学会主催、於リスボン)で口頭発表を行う。(4) 2016年8月末にソウルで行われるアジア・ゲルマニスト会議に参加し、現代ドイツ語文学における記憶のイメージについて口頭発表を行う。そこでは死んだ動物の比喩や生物学のモチーフに注目し、シャランスキー『キリンの首』(2010)などを分析する予定である。
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Research Products
(3 results)