2017 Fiscal Year Research-status Report
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26780268
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Research Institution | Saitama University |
Principal Investigator |
佐藤 雅浩 埼玉大学, 人文社会科学研究科, 准教授 (50708328)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 精神疾患 / メンタルヘルス / 精神医療 / 精神医学 / うつ病 / 気分障害 / 流行 / 医療化 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成29年度は当初計画では研究の最終年度にあたるが、休業を取得していた関係で平成28年度に実施する予定であった研究内容を実施した。すなわち精神疾患の流行に関する調査の継続と、得られたデータの理論的検討である。前者に関していえば、本年度には173名の精神科医にアンケート調査を実施し、「うつ」の増加に対する医療関係者の認識を調査した。質問項目は、「うつ」の増加原因に関する認識、新しい「うつ」概念の有効性に対する認識、投薬治療以外の治療法の実施実態、マスメディアにおける「うつ」に関する情報の有効性と限界への認識などである。その結果、「うつ」に分類される患者数が増加した原因については、疾患啓発広告の影響や精神科クリニックの増加、診断体系の変更など、いわゆる構築主義的な視点から現況を分析する回答者が存在する一方、ストレス耐性の低い人の増加、非正規雇用の労働者の増加など、実態としての社会の変化を原因と見なす回答者も存在することが判明した。またマスメディアの影響については、来院する患者の相当数が受診以前から自己診断を行っており、その背景として各種のメディアを通じて流布される大衆的な医療情報の影響が考えられるとの回答が多くみられた。これらの回答からは、「うつ」の増加に対して、精神科医たちが医学以外の要因についても多様な意見を有していること、またその内容は、同現象について論じた既存の書籍等の内容に近似していることが明らかになった。以上の調査およびすでに実施した調査の結果を考え合わせるならば、I.Hackingが指摘している精神疾患の流行要因は、現代の日本社会における「うつ」に対しても概ね適合的であること、また彼は精神医学的知識のループ効果について主として患者側に焦点をあてた考察を行っているが、医療者の側にもその効果を促進させる要素が存在していること、以上2点を理論的含意として指摘できる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上述の理由により、本年度は当該研究の3年目にあたるが、上記「研究実績の概要」で述べたように、当初計画していた精神医療ユーザーや医療関係者を対象とした調査を本年度までに実施済みであり、また得られたデータの分析結果については、国内の学会等で複数回の報告を行っている。その結果、これまでは理論的な側面から論じられることが多かった精神疾患の流行という現象に関して、実証的な調査データをもとに、その要因とメカニズムを考察するための基盤が整ったといえる。また、既述のようにI.Hackingによる精神疾患流行のメカニズムに関する考察の妥当性を、経験的なデータをもとに国内の事例において検証し、同時に精神疾患の流行におけるループ効果を促進させる他の要素についても理論的な示唆を得ることができた。このような現在までの研究の進捗状況から、おおむね当初の計画どおりに研究が進展したと考えられるが、次年度は経験的なデータの理論へのフィードバックを深化させるとともに、さらなる研究成果の発表の機会を設けることが必要である。
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Strategy for Future Research Activity |
研究最終年度にあたる次年度は、当課題の申請時に申告したとおり、これまでの調査研究によって得られたデータをもとに精神疾患の流行に関する社会学的知見の集約を行い、その成果を論文や学会等を通じて報告する予定である。そこでは特に、Hackingの提示した分析枠組みを継承しつつ、経験的なデータから得られた知見をふまえてその枠組みを発展させることで、より現代の事象を適切に解釈することが可能になるような理論構築を行うことを目指す。またその際、これまでの研究で得られた歴史社会学的な知見と、現代社会における精神疾患の流行に関するデータを比較検証することで、これまでの類似した研究の成果とは異なる、真に現代的な精神疾患流行のメカニズムを理論的・実証的に明らかにすることとしたい。その結果として、これまで根拠の薄い実体論的な解釈(例:経済的な不況によって精神疾患の患者が増えた)や、一部アクターの活動に原因を求めるような解釈(例:製薬企業のマーケティング戦略によって病の気づきを得る人が増えた)に陥りがちであった精神疾患の流行という現象に対して、複数の要因・アクター間の相互作用に配慮しつつ、より説明力の高い解釈枠組みを構築することを最終的な目的とする。
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Research Products
(3 results)