2015 Fiscal Year Research-status Report
多体問題の動力学に基づく分子系および天体系の集団運動の統合的解明
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26800207
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
柳尾 朋洋 早稲田大学, 理工学術院, 准教授 (40444450)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 多体問題 / 統計力学 / 非線形力学 / 幾何学 / 生物物理 / 天体力学 / 化学物理 / 国際情報交換(米国) |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、幾何学、非線形力学、非平衡統計力学の手法を駆使することによって、ミクロな分子系とマクロな天体系に見られる協同現象の共通原理を明らかにすることである。平成27年度の主要な研究成果は次の通りである。 DNAの交差や捩れ合いは、遺伝子発現やクロマチン制御において重要な役割を果たしている。平成27年度には、前年度までに探求したDNAの非対称な弾性特性の応用として、複数のDNAの交差と捩れ合いにおける左右の方向性(カイラリティ)の選択に関するモデルを提案した。特に、右回りの2重らせん構造を有するDNA(B-DNA)は、非対称な弾性特性のために熱ゆらぎの中で自発的に右方向に交差し、左回りに捩れ合う確率が高いという示唆が得られた。さらに、回転型分子モーターとして知られるATP合成酵素(FoF1ATPase)の回転軸の運動機構に関する幾何学的なモデルを提案した。特に、ATP合成酵素の回転軸は、通常想定されるような剛体的な回転運動をせずとも、捩れを利用した変形運動のみによって全角運動量と全トルクを伴わずに向きを変えることが可能なことを示した。 また、制限3体問題と制限4体問題の力学系理論に基づき、太陽-地球-月系を始めとする太陽系内の輸送機構を解析するとともに、新たな宇宙探査軌道の設計に通じる手法を提案した。特に、最適化理論を用いて月への低推力最適軌道を探索し、さらに月衝突軌道群が形成する相空間のチューブ構造を見出し軌道設計に応用した。 分子系や天体系のような多体系の運動を記述する際には、系を離散的なN体系として記述する方法と、系を連続的な楕円体として記述する方法がともに有効である。前者の方法として、超球モード解析と呼ぶモード解析法を前年度までに発展させてきたが、本年度は、後者の手法として、リーマン楕円体の理論を取り入れ、超球モード解析との幾何学的な対応関係を探求した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
DNAの高次構造形成に関する研究においては、前年度までにDNAの数値モデルを構築し、このモデルが捩れに関して左右非対称な弾性特性を有することが分かっていたが、本年度はこのモデルを実際に応用して、DNAの交差(crossover)と捩れ合い(braiding)において左右の方向性(カイラリティ)の選択性に潜在的な非対称性があることを具体的に示すことができた点に意義がある。 また、ATP合成酵素(FoF1ATPase)の回転軸の運動機構のモデル化の研究においては、通常想定されるような剛体的回転モデルとは本質的に異なる、新規の幾何学的モデルを提案できた点が意義のある成果であった。 力学系理論に基づく天体系と宇宙ミッションの軌道設計に関する研究においては、各種の最適化理論を用いて制限3体問題と制限4体問題の枠組みの中で低推力軌道を設計することができた点と、天体への衝突軌道群が形成する相空間のチューブ構造を見出した点が重要な成果と言える。 前年度までの研究では、分子系から天体系までの離散的な多体系の振動・回転運動を解析するための手法として超球座標に基づくモード解析法を発展させてきた。それをふまえて本年度は、連続体の振動・回転運動を解析するためのリーマン楕円体に基づく方法論と超球座標に基づくモード解析法との数学的な類似性を見出すことができた点が、今後の研究につながる有意義な成果であった。
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Strategy for Future Research Activity |
平成28年度の研究においては、まず平成27年度までに得られたDNAの交差や捩れ合いにおける方向性(カイラリティ)の選択機構に関する知見を、より広範囲の生体高分子の運動と機能発現の理解に応用することが大切である。特に、DNAと同様に2重らせん構造を有するアクチンフィラメントの滑り運動に見られる左右非対称性の起源を明らかにし、アクトミオシン系の機能発現に関する新たなモデルを提案することは重要な課題である。 また、平成27年度までに構築したATP合成酵素(FoF1ATPase)の回転軸の運動機構に関するモデルをより精密化するとともに、各種の実験結果と照らし合わせることによってモデルの妥当性を検証することが重要である。さらに、本研究で構築した回転軸のモデルを拡張することによって、べん毛およびべん毛モーターの運動機構のモデル化を行うことも 今後の興味深い課題である。 天体系と宇宙ミッションの軌道設計に関する研究においては、平成27年度までの成果をふまえて、最適化の設計変数の次元を低減してより効率的に低燃料消費量の宇宙機の軌道を設計すること、多体問題における重力アシストの力学的機構を明らかにすること、および制限3体問題と制限4体問題のモデルの拡張を行うことが今後の特に重要な課題である。 さらに、平成27年度までの研究によって見出した超球モード解析法とリーマン楕円体の幾何学的な類似性をもとに、分子系と天体系それぞれにおける振動と回転、およびエネルギー移動のメカニズムを明らかにすることは今後の重要な課題である。
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Causes of Carryover |
平成27年度は理論面および数理面の研究に重点を置いており、数値計算等に関しては既存の計算機環境の中で十分に対応可能であった。そのため、高額な大型計算機の購入は平成28年度に見送ることとした。また、平成28年度は、本研究課題の成果を国内および海外の会議において頻繁に発表し、国内外の研究者と広く情報交換をする必要があるため、出張旅費や謝金として使用できる予算を平成28年度に繰り越すことが有効であると考えた。さらに平成28年度には、本研究課題の成果を学生や国内外の研究者との共同研究へと広く展開する予定であるため、前年度と比べてより多くの予算が必要となることが見込まれた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成28年度は、平成27年度までの研究によって構築した理論をさらに発展させ検証するために、大規模な数値計算が必要になる予定である。そのため、高速かつ最新の計算機を購入する計画である。また、本研究課題の成果を国内および海外の会議において広く発表するために、出張旅費が必要になる予定である。また、本研究課題の結果を学生や国内外の研究者との共同研究へと展開するために、物品費、出張旅費、人件費等を支出する計画である。
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