2015 Fiscal Year Research-status Report
炭酸カルシウム形成初期におけるアラゴナイト前駆物質の探求:不純物効果の新解釈
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26870010
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
川野 潤 北海道大学, 創成研究機構, 特任助教 (40378550)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 炭酸カルシウム / 前駆物質 |
Outline of Annual Research Achievements |
炭酸カルシウム多形の一つであるアラゴナイトは、生体硬組織を形成する最も一般的な鉱物であるが、高圧で安定な相であるため、生物が生息する環境において、どのようにして形成されるのかが古くから議論されてきた。従来形成の要因として、Mgの影響が現象論的に注目されてきたが、このイオンが炭酸カルシウムの形成初期にどのような役割を果たしているかは理解されてこなかった。本研究課題は、計算機シミュレーションおよび実験の両面から、アラゴナイトの形成過程において、不純物、特にMgイオンが果たす役割を決定するとともに、炭酸カルシウム多形の形成初期過程における原子レベルの振る舞いを明らかにしようとするものである。 計算機シミュレーションにおいては、近年開発された非調和歪追跡法に基づく化学反応経路自動探索プログラムGRRMを用いて、炭酸カルシウム形成初期に出現すると考えられるクラスターの安定構造および形成過程を探索した。不純物を含まない系とMgを含む系において計算を行って比較した結果、Mgは水溶液中では強い水和殻を形成するが、いったん脱水和すれば容易にクラスターに取り込まれ、不純物のない場合とは異なる構造をもつクラスターを形成することが示唆された。Mgが入る系におけるクラスターの構造は、よりアラゴナイトに近く、Mgは形成初期段階から積極的にアラゴナイト形成に関与している可能性がある。ただし現在までの計算は水分子の影響を考慮しておらず、今後水分子を含む計算を行い、その影響を明らかにする計画である。 実験においては、塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウム溶液を混合し、炭酸カルシウム形成時の過飽和溶液の赤外分光分析を行った。その結果、結晶相や非晶質相のピークとともに、従来報告例のない赤外吸収ピークを確認した。今後シミュレーション結果と比較することにより詳細な構造の検討を行うとともに、Mgを添加してその影響を考察する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
前年度に引き続き、炭酸カルシウムの形成初期に出現すると考えられるクラスターの安定構造および形成過程を、量子化学に基づく反応経路自動探索プログラムGRRMを用いてシミュレーションするとともに、本年度は実際に合成実験を行うことで前駆物質の検出を試みた。 シミュレーション研究においては、前年度までに探索した不純物のない系およびMgを含む系において形成されるクラスター構造の重合過程を詳細に検討した結果、Mgイオンが存在すれば容易にクラスター中に取り込まれ、その後炭酸カルシウムペアが1つずつ重合していく過程が最もエネルギー的に有利であることを明らかにした。ただし、現在までの結果は水分子としての影響は考慮していないため、今後は水分子を含む系での検討が必要である。 実験的研究においては、低過飽和な条件において塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムを混合し、炭酸カルシウムが生成する過程を赤外分光法によってその場観察した結果、安定相であるカルサイト、準安定相であるファーテライト、非晶質相の吸収ピークがほぼ同時に出現した。このことは、過飽和溶液から結晶相が直接晶出する経路と、非晶質相を経由する経路が同時に存在している可能性があることを意味し、これは近年報告された溶液セルを用いた透過型電子顕微鏡によるその場観察結果と調和的である。また、これらのピークでは説明できないピークも確認され、結晶形成初期においては、従来報告されているものとは異なる構造をもつ前駆物質が存在している可能性も示唆される。 これらの結果は、炭酸カルシウムの形成初期に関して重要な意味をもつものであり、国際会議において招待講演を行っている。これらのことから、順調な進捗状況であると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
水溶液からの炭酸カルシウムの形成過程初期に出現すると考えられるクラスターの安定構造および形成過程についてのシミュレーションにおける課題は、水分子の影響を考慮することである。水分子の影響は、非晶質相の形成や、それを経由した結晶化過程を考える際に無視できないものであるが、現在までのところ計算資源の問題により実現できていない。本研究で用いている反応経路自動探索プログラムGRRMの性能は、近年飛躍的に向上しており、多数の分子を含む系でも、効率よく計算できるようになることが見込まれる。これにより、今後は水分子を含む系ならびにHCO3と水との反応を含む系でのシミュレーションを行って、炭酸カルシウムの形成初期過程における水分子の影響を見積もる予定である。 一方合成実験においては、より過飽和度の高い溶液の、炭酸カルシウムの成長段階での赤外分光スペクトルを測定することにより、前駆物質の検出を試みる。またMgを含む系における合成実験により不純物のない系との比較を行うことでその影響を検討するとともに、シミュレーション結果を考慮に入れた考察により、炭酸カルシウムの形成初期における原子レベルの振る舞いを明らかにすることを目指す。 これらの成果は、Goldschmidt Conference や International Conference of Crystal Growth and Epitaxy などの国際会議において発表する予定である。
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Causes of Carryover |
次年度前半の国内・国際会議に参加することを計画したため、その参加費として次年度に繰り越した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度前半に参加する国内・国際会議の参加費として使用する。
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Research Products
(11 results)