2014 Fiscal Year Annual Research Report
中世語資料としての抄物の再評価―両足院蔵「杜詩抄」の言語と資料の研究
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26884027
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Research Institution | Osaka Kyoiku University |
Principal Investigator |
山本 佐和子 大阪教育大学, 教育学部, 講師 (00738403)
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Project Period (FY) |
2014-08-29 – 2016-03-31
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Keywords | 国語学 / 日本語史 / 中世語 / 抄物資料 / 文法史 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は,「杜詩抄」に見られる言語事象の観察・記述を主に行った。まず,特徴的な文末表現「~ヂャ」について,文末表現「~ヂャ」を用いる抄物の資料性,文法史上の位置の二点を考察し,口頭発表を行った。また,当初は次年度に進める予定だった,語頭濁音の「候」についても,「~ヂャ」との関連性が強かったため調査を進め,平成27年4月中に学会発表する予定である。 文末表現「~ヂャ」を用いる抄物の資料性に関しては,平成25年11月の第109回訓点語学会での学会発表時には言及できなかった後水尾天皇講「百人一首聞書」における「~ヂャ」について「杜詩抄」の用法と比較して詳しく調査し,その位相や使用時期をより限定することができた。これら「杜詩抄」以外の「~ヂャ」を用いる抄物の作成時期や作成の経緯を鑑みると,文末表現「~ヂャ」は,少なくとも室町末期~近世初期にかけて,京畿において男性が余り改まる必要がない場面で用いていたことはほぼ確実で,これらの抄物が反映している言語の性格,資料性の解明に繋がるものと期待できる。 文末表現「~ヂャ」の文法史上の位置については,近世以降にも「ジャ」「ダ」等の繋辞に類似の表現が存することを見出し,それらも参照して,文末表現「~ヂャ」の統語的特徴をより明確にした。「~ヂャ」は構文的には名詞述語文と同じだが,その前接要素は,引用されたコトバとしてのみ規定が可能である。すなわち,文末表現「~ヂャ」は繋辞による引用表現であると考えられる。近世以降には,引用表現に加え,話し手自らや聞き手の発言を繰り返す(引用する)ことで〈念押し〉〈揶揄・皮肉〉といった意味合いを表す終助詞的用法が観察できる。 語頭濁音の「候」については,従来,軍記物や謡曲、洞門抄物でこの現象の報告があったが,室町末期の京畿で作成された五山・博士系抄物での使用は,本研究が初めて報告するものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「杜詩抄」に見られる言語事象の調査・考察は,おおむね順調に進んでいる。学会発表を利用した研究成果の公表も積極的に進めており,平成26年10月の土曜ことばの会において文末表現「~ヂャ」の文法史上の位置に関する発表を行い,平成27年4月末には国語語彙史研究会において,語頭濁音「候」についての発表を予定している。 論文による成果の発表は,確認のための再度の悉皆調査に時間を要することと,学会発表での質疑・コメントを踏まえた考察のため,若干遅れ気味である。今のところ,文末表現「~ヂャ」を用いる抄物の資料性についての論文は,「杜詩抄」全巻についての確認調査が済み次第,『訓点語と訓点資料』に投稿予定である。また,「~ヂャ」の文法史上の位置については,土曜ことばの会で発表で有益なコメントが得られたため,現在,調査対象とする文献資料を増やして再考中である。 ただ,「杜詩抄」の資料的性格に関する考察である,作成の経緯や作成に関わった人物などの解明,索引の作成等は予定どおりに進んでいない。当初は,本年度中に,「杜詩抄」の引用書名・人名について悉皆調査し,公刊に際して引用書名・人名索引の添付が有効かを判断する予定だったが,未だ検討中である。当初の予測とおり,抄文中の先行資料の出典表示は限られており,部分ごとの出典表示数の多寡以上の手がかりになるか不明である。「私云」「師云」等の誰を指すのか明確でないものを対象にするかなど,慎重に考察を進めたい。
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Strategy for Future Research Activity |
「杜詩抄」の言語事象については,当初予測した以上に,歴史的な変遷や関連する言語事象が観察できる可能性が出てきた。日本語史資料としての抄物の可能性を示すという本研究の目的にも適う展開であるため,本年度進めてきた「杜詩抄」についての調査・記述を手がかりに,今後は,史的変遷や統語的に類似する言語事象についても考察を進めたい。 文末表現「~ヂャ」については,これが繋辞による引用表現と見られ,近世以降,そのような繋辞の用法から,引用の表現性を生かした終助詞化が生じていることが予測できた。今後,近世を中心に調査を補い,従来は,繋辞の終助詞的用法とされてきた現象を捉え直してみたい。 また,語頭濁音の「ゾウ〔候〕」については,「杜詩抄」における「ゾウ」の記述を手がかりとして,これまで殆ど注目されてこなかった,中世室町期における「候」由来の諸形式の使用実態,統語的性格を明らかにしたい。 資料面については,調査がやや困難であることが予想されるが,引用書名・人名以外の手がかりとして,①本文同筆の書き込み・付箋箇所の翻刻,②本の形態的な特徴の再検討を行い,作成の経緯について僅かでも手がかりを得たい。本抄の書入れは,詩ごとに文末表現「~ヂャ」を含む文体を用いた文章や漢文体のものなどがまとまっており,原則,本文とは別の先行抄の抄文を補ったものと見られ,作成の経緯を知る手がかりになる可能性がある。また,本抄は,1冊ごとに,同じ筆者でも文字の大きさ(行数,一行当たりの文字数),墨の濃淡が大きく異なり,本の法量や料紙にもバラつきがある。本抄は,約11年にわたって書写されており,この差異は各冊の作成時期の違いに基づく可能性が高い。所有者との交渉結果次第になるが,一度は現地調査も行いたい。
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