2014 Fiscal Year Annual Research Report
「寛容な信頼」の検証を通じた協調的社会の実現要因の探索
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26885123
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Research Institution | The Institute of Statistical Mathematics |
Principal Investigator |
稲垣 佑典 統計数理研究所, 大学共同利用機関等の部局等, 研究員 (30734503)
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Project Period (FY) |
2014-08-29 – 2016-03-31
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Keywords | 社会学 / 社会心理学 / 社会的ジレンマ / 信頼 / 寛容 / 社会調査 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、不確実性のある状況において効率的で協調的な社会の実現を可能にする方略として、「寛容な信頼」という概念についての探求をおこなった。これまで「信頼」と「寛容」はともに社会基盤を形成するうえでの重要概念とされつつも、両者の特性を鑑みると、両立が困難であると考えられていた。これに対して「寛容な信頼」という、前出の二つの概念の折衷的な方略が日常生活の中で採用されている可能性について、社会調査を実施することで検証を加えた。 今回の調査では、迅速な調査の遂行とデータの集約、および経費節減を目的として、調査対象者にWebサイト上に設置された質問項目に回答してもらう「インターネット調査」の形式を採用した。また調査項目に関しては、調査対象者が自身の考えに最も近い回答を選択するリッカート尺度式の項目に加え、対象者を4つの群に分けて各群に刺激のレベルが異なる場面(ビネット)を提示し、そこでの回答パターンの違いを検討するという、心理学実験的手法を取り入れた。調査期間は2015年2月27日午前12時から同日午後10時であり、その間に全国の20~69歳の男女2,155名分のデータが得られた。 なお、心理学実験的な試みとして調査対象者に提示したビネットは、新規に採用した人員が仕事に失敗するという状況について記述しており、過失を犯した者に対してどの程度まで失敗を許容できるか対象者に問うものであった。4種類のビネットは1~4と数字が上がるにつれて、失敗の頻度が上昇するよう差異が設けられていた。このような操作を加えたことにより、「寛容な信頼」と失敗への許容について検討することが可能となっている。分散分析による検討の結果、失敗への許容限度に関して特定のビネット間で統計的に有意な差が認められた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題の平成26年度の研究目的は、「寛容な信頼」という概念の測定および、当該の概念と人びとの認知・行動パターンの関連を探ることであった。目的の達成のため、本研究ではインターネット上での社会調査を実施した。調査には、「信頼」、「寛容」、「寛容な信頼」の測定項目に加えて、デモグラフィック特性、社会経済的要因、社会的ネットワークについての項目を盛り込んだ。さらに、ビネット方式の項目や、報酬目当ての粗雑な回答(サティスファイス行動)の探知項目を導入することで「寛容な信頼」の解明にあたって、データの信頼性を高めるとともに多様なアプローチを行なうことを可能とした。 データ分析では、まず本調査で用いた項目によって「寛容な信頼」が適切に測定されたのか検討した。そのための確証的因子分析を実施したところ、「寛容な信頼」の項目と他の関連する概念についての項目は互いに正の相関はあるものの異なる因子を形成していた。この結果は、本研究で用いた調査項目が「寛容な信頼」を適切に測定できていたことを示していた。さらに「寛容な信頼」は①関係相手の過去の履歴を問わず関係の構築に乗り出す“マッチング”に関するものと、②関係を持っている者が現在引き起こした失敗受けても、なお期待を維持する“サンクション”に関する2つの側面を有する概念であることが明らかとなった。 そして、「寛容な信頼」による行動パターンの違いを検討するため、実績の概要との項で述べたビネットごとに失敗の頻度に差異を設けた項目を分析したところ、「寛容な信頼」が高いほど、ある程度の失敗には寛容でありつつも、過度に失敗を引き起こす者に対しては処罰を加える傾向が確認できた。 上記の知見は、当初の研究計画通りに研究を遂行したことで得られたものである。調査データにはさらに検証を加えることが必要だが、ここまでの進展はほぼ順調であると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
平成26年度に実施した社会調査では、「寛容な信頼」を持つ者に特有の認知構造や心理的傾向を探索した。それにより、意識レベルでの「寛容な信頼」の特性に関する知見を得ることができた。これに加えて、今後は「寛容な信頼」を持つ者の行動レベルでの特性を明らかにしていくことが、概念の精緻化のために必要となる。 そのために次年度は経済実験を実施し、「寛容な信頼」に特有の行動傾向を探索したい。これまで高い「信頼」を有する者は、見知らぬ他者とも積極的に関わることができる反面、意図的な裏切と非意図的な失敗を区別することなく、自分が不利益を被った際に相手に厳格な対処をすることが示されてきた。一方で、こうした厳格な対応は長期的な関係の構築を困難にする恐れがある。同様に「寛容」を高く持つことは、関係の維持・修復には有効な方略であるが、裏切りによる搾取が継続するという点において問題を抱えている。これに対して、「寛容な信頼」が高い者は、見知らぬ者や過去に過失を犯した者とでも関係を構築することが可能であると予想される。さらに一定程度の裏切り・失敗には許しを与えるが、損失が継続する場合は関係を遮断するか罰を与えるという手段に出るものと考えられる。こうした行動パターンを把握することで、「寛大な信頼」への理解を深めることを目指す。 なお、実験はWebサービス(Amazon Mechanical Turkなど)を利用したい。インターネット実験は、実験室実験と比べて条件の統制が甘くなるという問題を伴うが、各種コストを抑えつつ幅広い属性の被験者を多数集められるという大きな利点を有している。そのため海外では利用が拡大しているものの、日本ではこうした実験がおこなわれることは稀であり、蓄積が乏しい。この現状に対して、次世代の研究手法としてのインターネット実験の可能性についても提示していきたい。
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