1988 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
62560152
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
北尾 邦伸 京都大学, 農学部, 助手 (50026390)
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Keywords | 育林の労働 / 生産過程 / 育林業の形成過程 / 仕立山 / 部落有林野 / 農民造林 |
Research Abstract |
1.日本において育林業が各地に現出してくるのは徳川後期〜明治中期であるが、昨年度に引きつづき今年度も、この時期の林野制度に関する文献および資料の収集に努めた。その結果、歩口山等の旧部落有林における「仕立山」は、明治初期の公有林野政策と大いに関連をもって展開していること、さらに、明治政権を主導した旧長州藩(山口県)における事例は注目に値することが明らかとなった。そのため現地調査を実施したが、ここでは一度国有林に編入された林野が、下からの運動によって大量に下戻されている。 2.鹿児島県での現地調査を実施した。薩摩藩では、勝手方家老の下に山奉行をおき、林政を管掌していた。林地種目としては、純粋の藩林としての鹿倉山(狩猟山)・御物山・仕建山(仕立山)等と、土民植栽林としての部一山・門附山等があった。ここでの「仕立山」は、人別差杉として土民に植付を課した御物山に対するものとして、藩費雇人夫を以て植林した山林を示している。他方、部一山は別名を「諸人仕立山」とも称している。このような前史をもって、下刈りが不要となって手の抜けた段階でよい買手をみつけて売りこむという、零細農民による投機的な「仕立山方式」が一大展開するのは、昭和30年代においてである。 3.昨年度にひきつづいて和歌山県態野川町での「二分口山」、三重県海山町での「年賦山」についても実態調告を行なった。育林生産は生産期間が数十年と長く、かつ、労働投下を要する期間がその初期の5〜6年部分に偏っているため、資力に乏しい農民が植立林を収穫期まで所持しえずに手離すケースも多い。そして、ある状況が与えられた場合、当初から手入れを終えた段階で「利子生み資本家」に売却することを前提としての「仕立山方式」による育林業が発生する。この状況は、昭和30年代において、一般的に与えられたと考えられる。
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[Publications] 内山節: "森林社会学宣言" 有斐閣, (1989)
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[Publications] 田中学: "日本村落史講座第9巻" 雄山閣, (1989)