2016 Fiscal Year Annual Research Report
線虫の温度走性を行動モデルとする記憶・学習の制御機構
Publicly Offered Research
Project Area | Principles of memory dynamism elucidated from a diversity of learning systems |
Project/Area Number |
16H01272
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
森 郁恵 名古屋大学, 理学研究科, 教授 (90219999)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 意思決定 / 行動遺伝学 / C.elegans / GTPase(OLA-1) / doublecortin-like kinase |
Outline of Annual Research Achievements |
これまでの研究から、線虫温度走性における意思決定を制御するOLA-1 および DCLK-1 は多数の神経細胞に発現していた。ola-1(lf) 変異体に、pan-neuronal promoterである unc-14プロモーターとola-1cDNA を連結させた融合遺伝子を導入した系統で;は、ola-1(lf)の行動異常が;回復した。この結果より、OLA-1 は神経系で機能することで、温度走性における意思決定に関与することが明らかとなった。線虫の温度走性行動は、AFD、AIY、AIZおよびRIAからなるシンプルな神経回路が主体となって駆動される(Mori and Ohshima, Nature 1995)。そこで、OLA-1が機能する神経細胞を特定するために、細胞特異的なOLA-1遺伝子の発現によるレスキュー実験を試みた。AFD、AIY、AIZ、およびRIAなどの細胞に特異的に発現を誘導するプロモーターの下流にOLA-1 cDNAを結合し、ola-1(lf)変異体の表現型を回復するかを検討したところ、OLA-1遺伝子の機能細胞は複数存在し、線虫の過去の経験の違いに応じて、OLA-1は異なる細胞で意思決定を制御していることを見いだした。高温飼育された個体の意思決定の際には、OLA-1はAFD温度受容ニューロンで機能するのに対し、低温飼育された個体においては、AVK, RMG, BAGなどのこれまでに温度走性行動に関与することが知られていなかった神経細胞で働くことが示唆された。 また、OLA-1のATP結合に必須なアミノ酸を置換した変異型OLA-1遺伝子では、OLA-1変異体の異常を回復できなかった。このことから、ATP結合、あるいはATP加水分解能がOLA-1の機能に必須な役割を果たしていることが明らかとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度における当初研究計画の主要な項目は、OLA-1が温度走性行動において意思決定を制御する際に機能する細胞を同定することであった。平成28年度において、OLA-1遺伝子の細胞特異的な発現によってola-1(lf)変異体の表現型を回復するかを検討する細胞特異的レスキュー実験を行った。これにより、OLA-1の機能細胞は複数種類あることを明らかにし、それらの異なる機能細胞は線虫個体が過去に経験した環境の違いによって、使い分けられている示唆を得た。さらに、これらの機能細胞のうちの一つを同定することに成功し、高温を経験した個体では、AFD温度受容ニューロンでOLA-1が機能することを明らかにした。また、低温を経験した個体でのOLA-1機能細胞は、温度走性を制御することがこれまでに知られていた神経細胞ではなく、意思決定に関与する新規の神経回路が存在する示唆を得た。 さらに、これまでOLA-1ファミリーのタンパク質はin vitroでATPあるいはGTPに結合し、加水分解能を示すことが知られていたが、その生体内での意義は不明なままであった。平成28年度の本研究における解析から、線虫OLA-1のATP結合能は、生体内の機能に必須な役割を果たすことが示された。この結果は、今後のOLA-1の機能解析において、重要な知見となることが予想され、進化的に高度に保存されたOLA-1ファミリータンパク質の意思決定における生体内の役割を解明するための基盤となる。 以上のことから、本研究では、平成28年度の当初計画を順調に遂行しており、現在までの研究の進捗は十分に進展していると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度以降の研究の推進方策としては、まず、低温を体験した個体でのOLA-1の機能細胞の同定を試みる。これまでに、低温体験したola-1(lf)変異体の意思決定異常は、ncs-1 promoterに結合したola-1 cDNA融合遺伝子を導入することによって回復することを見いだしている。ncs-1 promoterはAVK、RMG、BAGなどの神経細胞で発現を誘導することが知られている。そこで、これらの神経細胞に特異的に発現を誘導するpromoterをola-1 cDNAに結合し、ncs-1 promoterで発現が誘導される神経細胞のうち、どの細胞でola-1が機能するのかを明らかにする。これにより、線虫温度走性における意思決定を制御する神経回路を明らかにする。 さらに、この神経回路の回路動態をカルシウムイメージングによって捉える。特に、AFD、AIY、AIZなどの神経回路上の活動動態が、温度走性の行動モードの遷移とともに、どのように変化するかを計測し、さらにola-1(lf)変異体での活動動態と比較する。このために、これらの神経細胞にGCaMP6fを発現させた線虫株を作成し、温度走性の意思決定の遷移過程にある状態において、温度入力に対する神経活動を計測する。この解析によって、意思決定の変化にともなって、どのような神経活動動態の遷移が起きるのかを明らかにするとともに、進化的に保存されたOLA-1が意思決定を担う神経回路ダイナミクスにどのような役割を担っているのかを明らかにする。以上の解析から、記憶に基づいた行動戦略から探索行動へと遷移する過程の神経回路ダイナミクスの変化とそれを担う分子メカニズムに迫る。
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