2017 Fiscal Year Annual Research Report
Studies for the pre-hispanic cultural continuity in the Andes: from the Inca period to the present
Publicly Offered Research
Project Area | Comparative Studies of Ancient American Civilizations |
Project/Area Number |
17H05114
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Research Institution | Tokai University |
Principal Investigator |
大平 秀一 東海大学, 文学部, 教授 (60328094)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | ペルー / アンデス先住民 / ワロチリ文書 / 文化の継承性 / 遺跡の継続的利用 / 山の神 / 無文字社会の歴史 / インカ像の改変 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題の目的は、1)インカ北方領域の中心地の一つトメバンバ(エクアドル・クエンカ市)の西方領域、2)ペルー中央高地のワロチリ地域、3)インカの中心地クスコ周辺域において民族誌的調査を実施し、スペイン侵入以前の遺跡・聖地が当時と同質的な意味を継承しながら、現代社会において有機的に機能・存続している事例を実証的に提示し、エキゾチシズムと共に物体化された「古代文明」を、有機的な先住民史の一部として捉え直すことにあった。 2017年度は、主として2)のワロチリ地域を考察対象とし、1597年~1608年に同地域のサンダミアン教区を担当していた神父フランシスコ・デ・アビラの指示により、先住民の語りがケチュア語で書き残された「ワロチリ文書」等の歴史文書・文献の分析・考察、そして同地域における2度のフィールドワークを実施した。その結果、インカ時代の遺跡が家畜繁殖儀礼(エランサ)に使用されていること、インカ時代あるいはそれ以前のワカ(山の神々の力を媒介する聖なる岩)が儀礼・信仰の対象となっていること、遺跡を伴うインカ時代の水源・水路がそのまま利用され続けていること、山の神々・水源と関連する遺跡が儀礼の場であり続けていることなど、極めて多くの継続的遺跡利用の事例が確認された。中には、「ワロチリ文書」に示された山の神々をめぐって配された遺跡もあり、その信仰の継承性も認められた。 16~17世紀の神話的世界の語りが書き留められた「ワロチリ文書」は、文字をもたなかった先住民の精神世界を理解する上で、重要な資料である。本研究計画で得られた資料・情報は、その記述を具体的に理解する上で、極めて価値の高いものである。その記述の理解を進めて先住民の精神世界に迫ることは、スペイン人の記録の影響下で創出されてきたインカ像を改変させることに繋がっていくであろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ルネサンス後期、出版文化が興隆してくるヨーロッパにおいて、異質なる「新世界」と位置づけられた地域の先住民社会・文化は、表象されはじめていく。それらの先住民社会の代表格の一つともいえる「インカ」は、先住民性が脇におかれ、当時の出版文化における異文化の語り・記述の枠組みの中で、いわば消費する側の求めに応じるように描かれていった印象を強く受ける。異なる大陸・地域の文化の語りにみてとれる類似性は、この解釈を支持する。よって、ヨーロッパの人々が残した歴史文書・記述は、ヨーロッパの社会・文化を熟考し、捉え直されてしかるべき資料である。しかし、無文字社会を対象としたそれらの記録は、他方からの史料批判が困難であり、残された記述がそのまま影響し、インカ像は構築され続けてきた。その文化像は、エキゾチシズムに満ち、アンデスの多様な生態系・自然と柔らかく関わりながら存続してきた先住民の歴史の一部とはなり得ていない。 こうした中、先住民によるケチュア語の語りがそのまま書き留められた「ワロチリ文書」は、16~17世紀のアンデス先住民社会・文化の歴史を考える上で極めて重要な位置を占めている。当然、その記述の理解を深める意義も高い。この点への貢献という意味において、本研究課題で得られた資料・情報量は、当初の想定をはるかに超えるものであった。一方で、その資料・情報を基に、「ワロチリ文書」の記述の理解を深め、既存のインカ像・16世紀の先住民像を再考していくためにはさらなる時間を要する。こうした状況を鑑み、自己点検による評価を(2)とした。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の研究計画では、スペイン侵入以前の遺跡・聖地がインカ時代と同質的な意味を継承しながら、現代社会において有機的に機能・存続している事例を実証するために、1)インカ北方領域の中心地の一つであるトメバンバ(エクアドル・クエンカ市)の西方領域、2)ペルー中央高地のワロチリ地域、3)インカの中心地クスコ周辺域、という3地域を対象として調査を加える予定であった。その意図は、現代社会における遺跡の継続的利用という新たな研究の視点が故に、まずは広域でサンプルデータを取ることを重視し、その上で次のステップに向かうことが望ましいと判断したためである。 ところが、研究実績の概要と現在までの進捗状況に示したように、2017年度の調査・研究により、ワロチリ地域において想定を超える資料・情報が得られた。したがって、本研究課題の最終年度となる2018年度においては、昨年度に得られた資料・情報のコンテクストさらに探るべく、ワロチリ地域の調査・研究に主眼をおいて進めていきたいと考えている。その上で、比較考察を目的して、他地域の考察を可能な限り進めるというスタンスで臨んでいく。なおワロチリ地域では、山の神々とも密接な関係をもつ祖先崇拝をめぐる資料・情報も得られている。したがって、歴史文書等を通して、祖先崇拝と深く関わるコロプナ山等の山々が認められるペルー南部高地のアレキパ県周辺域も、比較対象地域に加えたいと考えている。 こうしたフィールドワークに、歴史文書を中心とした文献調査を加え、本研究計画を推進させていきたい。
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