2018 Fiscal Year Annual Research Report
脳内夾雑環境で働く記憶・学習回路の新規化学遺伝学的制御
Publicly Offered Research
Project Area | Chemical Approaches for Miscellaneous / Crowding Live Systems |
Project/Area Number |
18H04563
|
Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
掛川 渉 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 准教授 (70383718)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | 記憶・学習 / 脳内分子夾雑 / 化学遺伝学 / 光遺伝学 |
Outline of Annual Research Achievements |
私たちの脳は、約1,000億個の神経細胞とその周りを囲む同数以上のグリア細胞により構成され、細胞内外に存在する多種多様な物質がひしめく「超夾雑環境」で機能している。この複雑かつ雑多な生体環境において、神経細胞はある特定の細胞とシナプスを介して結合し、各記憶・学習に必須な神経回路を構築する。そのため、回路内におけるシナプスの形成過程や動作機構を明らかにすることは、記憶・学習を分子的に理解する上できわめて重要である。近年、光や合成化合物を用いて、神経活動を人為的に制御する技術が注目されている(光遺伝学および化学遺伝学)。しかし、これらの技術の多くは神経細胞の興奮性を制御する、いわゆる1細胞レベルの制御技術であり、シナプスレベルの現象を制御しうる方法はほとんど例がない。そこで本研究では、記憶・学習の分子的理解をめざし、シナプス機能を人為的に制御しうる新しい技術の開発に着手した。 今年度は光によってシナプス機能を制御する新規光遺伝学技術の開発を中心に進めた。具体的には、興奮性シナプス伝達を担うAMPA型グルタミン酸受容体(AMPA受容体)の輸送を制御しうる光感受性H+ポンプを作製した。これまで、AMPA受容体の細胞内取り込み(エンドサイトーシス)によって生じる長期抑圧(シナプス可塑性の1種)は、記憶・学習の分子基盤と考えられている。そこで、上記のH+ポンプを脳内神経細胞に発現させて、光照射すると、興味深いことに、長期抑圧を阻害することができた。次に、このH+ポンプをマウス脳内に発現させ、記憶・学習課題を行うと、驚くべきことに、光依存的に記憶・学習を制御することにも成功した。これらの結果から、脳内で生じる長期抑圧が記憶・学習の形成過程に直接的に関与していることが確認できた (Kakegawa et al., Neuron, 2018)。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
今回、本研究の大きな目標のひとつである、シナプス機能の人為的制御技術の確立について、具体的成果を得ることができた。興味深いことに、今回私たちが開発した光遺伝学ツールはシナプス機能ばかりでなく、個体レベルの記憶・学習過程にも介入することができ、シナプス機能と記憶・学習との相関について貴重な情報を得ることができた。また、これまでの成果は、Neuron誌やいくつかの研究会を通じてすでに報告している。したがって、本研究課題は、現時点において「当初の計画以上に進展している」と言える。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後は、光遺伝学のみならず、シナプス機能を制御しうる新たな化学遺伝学技術の確立を目指して研究を進める。具体的には、シナプス可塑性の誘導に関わる種々のグルタミン酸受容体を標的として、人工化合物による活性制御系を確立し、脳組織での実用性を評価するとともに、脳内での有用性を検討する。これらの研究を通して、記憶・学習過程を分子レベルで明らかにしていきたい。
|