2018 Fiscal Year Annual Research Report
鳥類をモデルに探る統語の進化の制約要因
Publicly Offered Research
Project Area | Studies of Language Evolution for Co-creative Human Communication |
Project/Area Number |
18H05074
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
鈴木 俊貴 東京大学, 大学院総合文化研究科, 助教 (80723626)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | コミュニケーション / 進化 / 鳥類 / 統語 |
Outline of Annual Research Achievements |
言語の進化を解き明かすことは現代進化学における最大の難題である。なぜなら、発声学習や文法能力といった言語の中核的構成要素は、チンパンジーやボノボにおいても確認されておらず、単純な種間比較から言語の起源に迫ることが困難だからである。それに対して私は、一部の鳥類が異なる意味をもつ音声(地鳴き call)を組み合わせ、より高次な情報を伝達していることを発見した(Suzuki et al. 2016, 2017)。これらは、原始的な構成的統語(compositional syntax; Partee et al., 1990)、すなわち、単語から文(二語文を含む)をつくる能力が鳥類においても独立に進化していることを世界で初めて実証した成果であり、言語の進化研究に新たな糸口を与えると期待される。 そこで、2018年は、複数の鳥類種を対象に比較研究を展開し、構成的統語がどのような制約のもとに進化してきたのか明らかにすることを目的に研究をおこなった。また、実証研究と並行して、関連する論文(総説論文)を執筆し、5編が国際誌(PLoS Biology、Current Biology、Philosophical Transactions B、Animal Behaviour、Learning & Behavior)に受理された。9月には一連の研究が評価され、日本鳥学会黒田賞を受賞した。また、国際動物行動学会(ABS2018、アメリカ)およびLINGUAEグループ(フランス)において招待講演をおこなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
鳥類において、音声の組み合わせに関与する発声器官の構造は現時点では特定されておらず、それを種間で解剖学的に比較することは難しい。そこで、以下の2点に着目することで、発声能力が構成的統語の進化に与える効果を検証した。 1)レパートリーサイズが統語の進化に与える効果.異なる音声を発する能力が構成的統語の進化を促すのならば、発することのできる音素の種数(レパートリーサイズ)が多い種ほど統語能力が優れていると予想される。反対に、発することのできる音素の種類が少ないので、伝える情報を増加させるために音声の組み合わせを用いる可能性もあり、その場合は逆の相関が予想される。 2)音を組み合わせる能力が統語の進化に与える効果.多くの鳥類のさえずりは、異なる音素の連なりからなる複雑な音列である。しかし、さえずりを構成する音素が異なる意味をもつわけではなく、それらの組み合わせは統語(意味信号の組み合わせ)に相当しない。もし、音素の組み合わせに必要な発声機構が統語の進化的制約となるならば、複数の音素からなる複雑なさえずりを発する種ほど、意味をもつ音声の組み合わせ(構成的統語)も高度に発達すると予想される。 インターネット上で公開されている鳥類の音声データベースからスズメ目に属する複数の鳥類種(50種以上)の音声を収集し、(1)各種のもつ音素の種数(レパートリーサイズ)、(2)さえずりの複雑さ、(3)構成的統語(地鳴きの組み合わせ)の有無を定量化した。音声の分類は、音声解析ソフトAvisoft-SAS Lab Proを用いてサウンドスペクトログラムを描き、ピーク周波数、音素の長さ、倍音構造などのパラメータを抽出しておこなった。音声の組み合わせの複雑さは多様度指数を用いて評価した。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年は、異なる情報を階層的に理解し、併合する認知能力が、統語の進化的制約になるかどうか野外研究により検証する。 多くの森林性鳥類は、冬期に複数種からなる群れ(混群)を形成し、お互いに協力して捕食者から身を守る。混群の参加種は、猛禽類など捕食者の襲来に気づくと特徴的な地鳴き(警戒声)を発して群れの仲間(同種・他種)に危険を知らせ、逃避行動を促す。一方、捕食者が周辺の枝にとまったのを確認すると、仲間を集めるための地鳴き(集合声)を繰り返し発しながら集団で接近し、追い払いにかかる(擬攻)。集合声は、普段、群れの結束を保つためにも用いられるが、捕食者の非存在下で警戒声が発せられることはない。これらの観察をもとに、以下の野外実験をおこなう。 1)混群に対して「種Aの警戒声→種Bの集合声」の順序で音声を再生し、群れの参加種Aが捕食者を発見し、続いて参加種Bが仲間を集めて追い払いを促す状況を模す。その後、捕食者の剥製を提示し、それに対して各種が追い払い行動を示すかどうか検証する。 2)対象区として、「種Bの集合声→種Aの警戒声」の順序で音声を再生する実験もおこなう。参加種Bは群れを維持するために集合声を発し、続いて参加種Aが捕食者を発見した状況を模す。その後、捕食者の剥製を提示し、それに対して各種が追い払い行動を示すかどうか検証する。 情報を併合する能力が統語の進化的制約となるならば、地鳴きを組み合わせる種では、「警戒声→集合声」の順序で再生した後にのみ、捕食者の剥製を追い払いにかかると予想される。一方、地鳴きを組み合わせない種では、各音声に即時的な反応を示すだけであると予想される。これらの実験は、2019年10月から12月にかけて、長野県北佐久郡の落葉樹林においておこなう。各種20個体以上からデータを収集する。
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