2019 Fiscal Year Annual Research Report
Protein archaeological study of Paleolithic animal bones
Publicly Offered Research
Project Area | Cultural history of PaleoAsia -Integrative research on the formative processes of modern human cultures in Asia |
Project/Area Number |
19H04525
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Research Institution | Nara Women's University |
Principal Investigator |
中沢 隆 奈良女子大学, 自然科学系, 教授 (30175492)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | タンパク質科学 / 質量分析学 / コラーゲン / 新石器時代 / 旧石器時代 / 動物考古学 / 分子古生物学 / アミノ酸配列解析 |
Outline of Annual Research Achievements |
新石器時代のアゼルバイジャンの遺跡で発掘されたヒツジまたはヤギの骨には、マトリックス支援レーザー脱離・イオン化質量分析(MALDI-MS)のみでも十分にアミノ酸配列解析ができる程度のコラーゲンが残存していた。そのため、2017年度から本年度までの2年間の研究により、ヒツジとヤギの区別に必要なⅠ型コラーゲンを構成する2本のα1鎖と1本のα2鎖の三重鎖部分で約2000残基中わずか4残基のアミノ酸の違いを示すすべてのペプチドが質量分析で検出できるようになった。これは従来の2残基に加えて本年度にヒツジに特異的なI型コラーゲンのα1 鎖835番-861番残基のペプチドと、ヒツジには見られないヤギのα1 鎖910番-933番残基のペプチド中それぞれ1残基づつのアミノ酸の違いがMALDI-MSによって検出できたためである。これにより調査した30種の動物骨資料すべてでヤギとヒツジの識別に成功した。 一方、旧石器時代のTor Hamar遺跡(ヨルダン)から発掘された動物種不明の歯の場合、MALDI-MSでは検体の量を10倍以上(約100 mgまで)増やしてもタンパク質に由来するペプチドのピークは全く検出されず、コラーゲンの存在は確認できなかった。しかし、ナノ液体クロマトグラフィー/エレクトロスプレーイオン化MSの利用と新たに開発した化学的誘導体化法により、一種類の歯はヒツジである可能性が高く、もう一種類の資料についてはウシまたはシカにまで候補を絞り込むことができた。 また、以下の「進捗状況」で述べるように、コラーゲンに特異的に含まれるヒドロキシプロリンが他の2種類のアミノ酸とほぼ等しい残基質量をもつためにアミノ酸配列解析が不明確になる問題を、ヒドロキシプロリンのヒドロキシ基をホルミル化してその違いを明確にする方法を開発した。これにより質量分析によるコラーゲンのアミノ酸配列解析の精度が向上した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
タンパク質、特にコラーゲンの質量分析によるアミノ酸配列解析に基づく考古資料の生物種の同定は非常に有力な方法であるが、タンパク質の経年劣化とともにその信頼性は低下する。本研究では新石器時代の動物骨の分析においては、アミノ酸配列が非常に類似したヤギとヒツジのI型コラーゲンを質量分析で区別する方法が確立できた。一方、今から約二万年程前の旧石器時代の動物骨や歯などの資料に残存するコラーゲンの量が僅かなため、質量分析で検出できたコラーゲン由来の数少ないペプチドから動物種の判定に利用できる種特異的な配列を見出すことが困難であった。そこで、質量分析によるアミノ酸配列解析結果を曖昧にする残基質量が同一(113 ダルトン)のロイシン(L)、イソロイシン(I)とヒドロキシプロリンを区別するために、ヒドロキシプロリンのOH基をホルミル化して残基質量を141 ダルトンとする化学的誘導体化法を開発した。これによって従来の方法では確定できなかったいくつかの配列を見出し、一つの資料については動物種をヒツジに特定することも可能となった。区分を研究が「当初の計画以上に進展している」とした理由はこの化学的誘導体化法の開発にある。 さらに予定外であるが、このホルミル化法によってペプチド中のアスパラギン(Asn)とグルタミン(Gln)の脱アミド化の検出を容易にできたこともこの理由の一つにあげたい。これらのアミノ酸の経年劣化による脱アミド化は既に知られているが、従来の方法では脱アミド化による質量の変化がわずか1ダルトンに過ぎず、アミノ基のプロトン化の有無による同じ1ダルトンの質量変化と区別することが困難であったが、アミノ基のホルミル化によりこのプロトン化/脱プロトン化の影響を少なくすることができた。以下の「今後の研究の推進方策」で述べるように、この脱アミド化の定量化により、資料の経年劣化度を評価する指標としたい。
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Strategy for Future Research Activity |
動物遺体など考古資料中のタンパク質の経年劣化は、資料の種の特定を困難にする。現在分析している旧石器時代の動物の歯に関しては、そのほとんどが形態からの動物種の判定ができず、DNAも検出されていない状態である。その中でも全体の約30%にあたる3つの資料でコラーゲンの質量分析により動物種が確定または2から3種に動物種が絞れた。残りの70%の資料についても上記「進捗状況」で述べた本研究で独自に開発したホルミル化をはじめ、各種の化学的方法を駆使することにより、動物種の特定を進めたい。こうして動物遺体の種を確実に特定することにより、旧石器時代の人類の狩猟や道具の制作などにおける動物利用の実態を解明するパレオアジア文化史学に確実なデータを提供するという当初の研究の推進方策は今後も継続したい。 また、旧石器時代に限らず更新世から新石器時代までのより広い年代範囲にわたる考古資料についてタンパク質中のAsnとGlnの脱アミド化反応を定量的に解析し、資料の経年劣化度を評価するための系統的な分析を行う。Asnの脱アミド化によってアスパラギン酸(Asp)が生成すると考えられているが、最近行った質量分析結果を見るとAspのペプチド結合が側鎖のカルボキシ基に転位したイソアスパラギン酸(iso-Asp)が生じている可能性がある。もしiso-Aspが生じているとすれば脱アミド化の反応機構からAspのラセミ化も進行していると考えられる。AspまたはAsnのラセミ化は、従来はタンパク質の加水分解生成物の分析によって測定されてきたが、本研究ではタンパク質中のAsn残基の部位特異的なラセミ化反応をiso-Aspの生成から間接的に追跡できると考えられる。資料のラセミ化度やiso-Aspの含有量を指標とすることで、旧石器時代以前の考古資料中のタンパク質の分析でしばしば疑われる現世タンパク質の混入の問題に対応したい。
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Remarks |
2019年6月16日付け日経新聞の記事に関する「メディア報道」。
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Research Products
(9 results)