2019 Fiscal Year Annual Research Report
時刻依存的な睡眠パターンを形成する神経基盤の解明
Publicly Offered Research
Project Area | Chronogenesis: how the mind generates time |
Project/Area Number |
19H05305
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
坪田 有沙 (平野有沙) 筑波大学, 医学医療系, 助教 (60806230)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 概日時計 / 概日リズム / 視交叉上核 / 睡眠 |
Outline of Annual Research Achievements |
生物は自律的に時を刻む計時システムを内在し、外界環境へ適応する。特に、地球の自転周期にあわせた概日性の生理リズムを生み出す概日時計(サーカディアンクロック)は、下等生物から高等生物まで広く観察される。哺乳類においては、概日時計の中枢は視床下部のごく微小な神経核である視交叉上核(SCN)に存在している。SCNは不均一な細胞集団であり、その中には「時を刻む振動細胞(clock cell)」、「時刻情報の発信細胞(output cell)」と「外界環境への同調細胞(input cell)」がうまく共存して時計システムを形成していると考えられるが、どのような細胞が発信細胞を構成し、どのような生理リズムを形成しているのかは謎に包まれている。本研究計画で我々は、特に睡眠中枢へ至る神経回路に着目してその特性を理解し、睡眠リズム形成における機能を明らかにすることを目的とした。アデノ随伴ウイルスを用いてSCNの細胞にシナプス局在タンパク質と蛍光タンパク質の融合タンパク質を発現させ、SCNの神経細胞の投射先を調べたところ睡眠制御領域である視索前野が多く含まれていた。特に腹外側視索前野は睡眠時に活性が上昇し、睡眠を誘導する領域として認識されている。さらに逆行性ウイルスベクターを用いてSCNから睡眠中枢である腹外側視索前野に投射する神経群を同定した。これらの神経細胞の多くは神経ペプチドである血管作動性腸管ペプチド(VIP)を産生するニューロンであり、SCNの中でも特異な神経集団を形成していると考えられた。さらにその神経細胞においてテタヌス毒素を用いて神経伝達を遮断した際に、マウスの自発行動リズムおよび睡眠リズムが大きく減弱することを見出した。これらの結果から、SCNから腹外側視索前野に至る神経経路は個体の睡眠リズムの形成に必須の役割を果たしていると考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、視交叉上核(SCN)から腹外側視索前野に至る経路に着目して、個体の睡眠リズム形成における役割を明らかにすることを目的とした。腹外側視索前野にのみ神経投射しているSCN神経をラベルするため逆行性ウイルスベクターである発現するイヌ科アデノウイルス(CAV2)を使用した。CAV2を腹外側視索前野に導入し、腹外側視索前野に投射している神経群にCreリコンビナーゼを発現させた。さらにCre依存的に目的遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルス(AAV)をSCNに導入した。ラベルした細胞に対していくつかの神経マーカーを用いた免疫組織染色を行なったところ、腹外側視索前野に投射するSCN神経の多くはVIP陽性神経であることが判明した。さらに、神経の機能解析を行うためテタヌス毒素を同じ細胞に導入して睡眠リズムへの効果を観察した。その結果、自発行動リズムは失われ、睡眠リズムも消失することが明らかとなった。また、SCNへのウイルスのインジェクションが不完全な個体においては、恒暗条件下において弱い行動リズムが観察され、その概日リズム周期が延長することが明らかとなった。次に、一過的な神経の活性化が睡眠に与える影響を明らかにするため、チャネルロドプシンをSCN神経に発現させて睡眠行動への効果を調べた。腹外側視索前野にのびた軸索末端のみに光を照射して脱分極を引き起こし、そのときの活動量の変化を観察したが短時間の光照射では有意な差は認められなかった。一方、神経活性の指標のひとつであるc-Fosの発現は腹外側視索前野において上昇していたことから、腹外側視索前野にはSCNから興奮性の刺激が入ることが明らかになった。初年度では、逆行性にSCN神経をラベルし、その特性を理解するだけでなく神経毒素を用いた機能解析が進んだ。光遺伝学解析はまだ実験条件の最適化が必要であるが、研究計画は順調に進んでいる。
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Strategy for Future Research Activity |
腹外側視索前野に投射するSCN神経を阻害したときに睡眠リズムが消失することを見出している。この効果が、SCNの時計が破壊された効果なのか、時計は動いているもののその針が読み取れない効果なのか明確にするためSCN時計の解析を行う。具体的には時計タンパク質PER2にルシフェラーゼを融合したタンパク質を発現するマウスを用いて、SCNにおける生物発光リズムをモニターする。これまでの予備実験の結果より、行動リズムが失われた個体においてもSCNの時計は動いていることが明らかになっており、今後さらに詳細に解析を進める。さらに、SCN神経の一過的な活性をおこなったときの睡眠行動への効果を明らかにする。チャネルロドプシンは時間スケールが比較的短い行動の変化を検出するのに適している一方、概日リズムのような時間スケールの応答には適さない可能性がある。そこで一度の光刺激で30分もの間脱分極が持続するstabilized step function opsin(SSFO)などの使用を考える。これらの解析を終え、論文投稿へと進める予定である。また、並行してSCNから腹外側視索前野以外への投射経路の生理的意義を明らかにする。具体的には、体温リズム制御に関与している視床下部QRFP産生ニューロンとSCNをつなぐ神経回路を同定する。我々はすでにQRFP産生ニューロンを阻害することで体温リズムが大きく影響を受けることを見出しており、QRFP産生ニューロンが主要なSCNの出力ターゲットとなっている可能性が高いと考えている。これらの解析から様々な脳領域が時刻に依存した生理現象を生み出す神経メカニズムの統合的理解へと繋げる。
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