2020 Fiscal Year Annual Research Report
細菌分子モーターの長距離同期を制御する物理情報の時空間コンビネーション
Publicly Offered Research
Project Area | Information physics of living matters |
Project/Area Number |
20H05524
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
中村 修一 東北大学, 工学研究科, 准教授 (90580308)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | べん毛モーター / スピロヘータ / 光応答 / 情報伝達 |
Outline of Annual Research Achievements |
本課題の目的は,光刺激によって運動パターンが変化する細菌をもちいて,外部刺激から行動変化に至る情報処理のメカニズムを理解することである。光刺激で誘起される運動変化は,大腸菌で知られる正の走化性,すなわち方向転換頻度が抑えられた直線的でスムーズな遊泳であるとともに,遊泳速度の加速も見られる。光刺激が誘起するのは走化性シグナルか膜電位変化のいずれかであると予想されたことから,令和2年度には,これらの細胞内での動きをモニタリングするための全反射蛍光観察システムを構築した。構築したシステムを用いて,電位感受性色素であるTMRMを用いた膜電位計測を試み,プロトノフォア依存的な膜電位変化を捉えることに成功した。光受容体が未知であったが,当該年度において,光応答の責任遺伝子はセカンドメッセンジャー合成酵素のホモログであることが明らかとなった。同定された遺伝子にはロドプシンとは異なる光受容ドメインと思われる配列も含まれていることから,本菌が新規の光活性型セカンドメッセンジャー合成酵素を持つ可能性が強く示唆された。当該遺伝子が破壊された株は光応答性を失ったが,本酵素が合成すると思われるセカンドメッセンジャーを与えたところ,野生型の光応答と同等の運動変化が引き起こされた。これらの成果は,光刺激から情報処理を経て行動変化に至る一連のプロセスの分子機構を理解する重要な手掛かりである。令和2年度にはさらに,スピロヘータ細菌の細胞末端に1個ずつ(細胞当たり2個)存在するべん毛モーターのうち1個が急反転すると,そのトルク変化が細胞質シリンダーを伝って反対側のモーターに作用する「トルク伝搬」を示唆する結果も得られた。この成果は,細胞質内の分子拡散では説明できない長距離の情報伝達機構の解明につながるものと期待できる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
土壌から分離された新種スピロヘータ細菌の運動性が,光刺激によって変化することは研究代表者らの研究で分かっていた(未発表)が,そのメカニズムは不明の状態で本研究がスタートした。研究開始後,予定よりもスムーズに全反射照明による計測システムが構築できたため,光応答のメカニズムに関する実験にも着手できた。光刺激で誘導される運動の変化は,刺激直後に遊泳の方向転換頻度が著しく低下するもので,本菌のみならず大腸菌などのモデル細菌でもよく知られる正の走化性によく似ていることから,誘起される細胞内情報処理は,一連のChe蛋白質による走化性シグナリングに類するものを予想されていた。また,光応答については,オプトジェネティクスに既に応用されているロドプシン様センサーの可能性が高いと考えられていた。しかしながら,本菌の光応答を司る責任遺伝子の同定を目的とした網羅的探索実験により,光受容体と思われるドメインを含む新規のセカンドメッセンジャー合成酵素の関与が明らかとなった。本課題開始時には光受容のメカニズムが未知であったため,光刺激依存的な膜電位変化や走化性シグナリングの誘起など,いくつかの仮説をもとにそれらをモニタリングするイメージングシステムを構築してきた。しかし,当該年度の成果によって注目すべき細胞内シグナリングが絞られたため,次年度の研究の方向性(イメージングに使用するプローブの選択など)を定めることができた。以上のことから,現在までの研究は,当初の計画以上に進展していると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
【光応答性】初年度の研究によって,本課題で使用する土壌細菌が光依存的に引き起こす運動パターンの変化は,光受容体と連動するセカンドメッセンジャー合成酵素によるものであることが明らかとなった(論文未発表)。今後は,このシグナル分子の光依存的合成と運動変化を結ぶ情報処理に注目する。初年度に構築した顕微計測システムをベースに,標的シグナル分子に合わせた蛍光プローブを用いて,シグナル分子の光依存的濃度変化をトレースするとともに,細胞に起こる運動変化を計測する。運動を司るのはべん毛モーターであり,本菌のべん毛モーターは,細胞の各末端に1個ずつ,細胞当たり2個存在する。初年度の研究で,光受容器が両末端のべん毛モーター近傍に局在することが分かったため,今後は,シグナル分子生成を細胞末端に注目して計測することを目指す。【運動変化との関係】光刺激後,何らかのプロセスを経てシグナル分子がべん毛モーターの回転を変化させると思われるが,本課題の最も重要な点は,2個のべん毛モーターの回転がどのように同期するかである。本菌は細胞長約20マイクロメートルと非常に長いため,2個のべん毛モーターが細胞内分子の拡散によって連絡しあうならば数十秒の時間を要する。1秒以内に完了する本菌の方向転換を説明するには別のメカニズムが必要であり,本課題では細胞質シリンダーを介したトルク伝搬モデルを提案している。すなわち,一方のべん毛で起こるトルク変化が細胞本体を媒質として他方に瞬時に伝えると考えるモデルである。これを実験的に証明するために,光刺激直後の両末端の回転変化の時間遅れや,細胞質シリンダーの形状変化などを高精度に解析する。初年度の研究では方向転換の最中(数十ミリ秒~数百ミリ秒)に菌体の回転速度が急激に変化する様子を捉えた。今後は,より高速のサンプリングレートで方向転換の瞬間を捉える。
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