Research Abstract |
温度-圧力面上での蛋白質の変性における熱力学的変化は,Hawleyが提案した楕円型相図モデルによって,定性的に理解する事が出来る.しかしながら,これらの熱力学的変化を説明する分子論的機構に関する理解は十分とは言えない.本研究では,温度および圧力変化に伴う蛋白質の変性における水和自由エネルギー面の変化を解析し,コンパクトな天然構造の安定化およびグロビュールーコイル(G-C)転移によって出現する変性構造の安定化における水の本質的役割を明らかにする事を目的とする. その第一歩として,凝集性液体の普遍的な性質(表面張力や気-液相転移等)に着目したLennard-Jones(LJ)溶媒を水の粗視化分子モデルとして用いた疎水性高分子鎖のマルチスケールシミュレーション解析を行った.その結果,高温・低圧領域での蛋白質の変性は,蒸気圧曲線に近づく際に,蛋白質の表面によって誘起される水のdewettingに起因したG-C転移として説明出来る事が示された.これまで,大気圧以下の低圧領域での変性の相図はほとんど議論される事はなかったが,我々は本研究の結果に基づき,蒸気圧曲線近傍の低圧領域において,常に変性状態が出現する形へ,相図が修正される可能性を指摘した. 一方で,低温・高圧領域における高圧および低温変性に対応したG-C転移は,LJ溶媒モデルでは再現出来ない事から,水の水素結合ネットワークに起因した疎水性相互作用の重要性が示唆される.我々は,水分子間の水素結合ネットワークによる寄与を考慮するために,水の分子モデルTIP4P/2005を溶媒として用いた疎水性高分子鎖のマルチスケールシミュレーションを行い,圧力誘起のG-C転移の再現に成功した.解析の結果から,G-C転移に伴う体積減少ΔV<0は,タンパク質内部の空孔へ水が浸透する従来の局所的描像とは異なる"タンパク質表面による水素結合ネットワークの切断によって誘起される高密度界面水和層の形成"に起因する新たな物理的メカニズムを見いだした.
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