2021 Fiscal Year Annual Research Report
Study of dynamical processes toward the observation of parity non-conservation effects in muon atoms
Publicly Offered Research
Project Area | Toward new frontiers : Encounter and synergy of state-of-the-art astronomical detectors and exotic quantum beams |
Project/Area Number |
21H00172
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Research Institution | High Energy Accelerator Research Organization |
Principal Investigator |
神田 聡太郎 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 物質構造科学研究所, 助教 (10800485)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ミュオン / ミュオン原子 / X線分光 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、ミュオン原子におけるパリティ非保存効果の観測を目指してミュオン原子の分光法および最適な標的条件を確立することを目指している。当該年度は研究計画の初年度にあたり、得られた主な成果は次の四つである。
(1) LYSO無機シンチレーターとSiPMを組み合わせたカロリメーターを用いて、J-PARC MLF MUSEの大強度パルス負ミュオンビームを低圧の炭化水素気体標的に照射するテスト実験を実施した。検出器はミュオンX線および崩壊電子の検出において期待通りの性能を示した。一方でミュオン原子の準安定2S状態は観測されず、カスケード計算に基づく予測に反してミュオン原子に電子が残存することが示唆された。実験の概要と結果を国際会議で報告し、プロシーディングスとして出版された。 (2) ミュオン原子のカスケード過程を詳細に理解するためのシミュレーター構築に着手した。機械学習による状態遷移の解析コードを開発するための計算環境を整備し、単純化したモデルやベンチマークデータを利用した数値計算に取り組んだ。従来法では考慮されていなかったミュオンのスピンや脱励起中のCoulomb爆発を考慮した予言能力を有するプログラムの開発が進行中である。 (3) LYSOおよびSiPMを用いたカロリメーターに加えて、位置およびエネルギーの分解能に優れた小型の半導体ピクセル検出器をX線検出器として導入した。カロリメーターの校正、実験における系統的不確かさの評価に用いるべくデータ収集および解析システムを整備した。 (4) 低運動量のミュオンビームが輸送の過程で受けるスピン偏向の影響をミュオンスピン回転法により評価した。Wienフィルター通過時に補正磁場によって生じるスピンの傾きを定量化し、分光実験におけるビーム条件を最適化する手法を確立した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度は研究計画の初年度にあたる。今年度は低圧の炭化水素気体を標的としたテスト実験を実施し、今後の研究推進に不可欠なデータを収集することができた。最終的な目標であるパリティ非保存効果の観測実験に向けて測定系およびミュオン原子の動的過程に関する理解が大いに深まり、取り組むべき課題が明瞭となった。 標的容器、検出器、データ収集および解析プログラムが一通り完成し、大きな困難なく実験が遂行可能であることが示された。可燃性の気体標的を安全に取り扱うシステムが確立されたこと、ミュオンX線および崩壊電子の検出器が完成し期待通りの性能を発揮したこと、波形解析ソフトウェアの開発によって大強度パルスビーム環境で取得されたデータの詳細な解析が可能となったことが重要な進捗であった。また、国際学会への参加・発表を通じて国内外の研究者と意見交換し、情報・助言を得ることで今後の研究推進に益する知見を集めることができた。 一方、2S準安定状態のミュオン原子生成に関しては残存電子の問題があり、今年度行った実験では観測されなかった。これはカスケードモデルに基づいた予測に反する結果ではあるが、Coulomb爆発による原子加速で定性的には理解可能であることがわかった。データ解析の高度化、検出器の改良によって事態が改善する可能性もあり、継続してこれらに取り組む。また、より根本的な対策として数値計算を援用した標的条件の最適化に取り組む。 実験遂行上の課題・問題への対策と、学理構築に向けた基礎的な過程の理解の双方において一定以上の進捗が得られている。そのため、現在までの進捗状況はおおむね順調であると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究推進においては、ミュオン原子の2S準安定状態観測に向けた計測システムの改良と、ミュオン原子の動的過程の理解を深めて標的条件の最適化を試みることが主な課題となる。 今年度は炭化水素気体を標的としてミュオン原子の分光実験を実施したが、2S準安定状態は観測されなかった。結果を説明する仮説として、ミュオン原子がCoulomb爆発によって加速を受け、周辺原子との衝突頻度が高くなったと考えることができる。ミュオン原子のCoulomb爆発による加速の程度は標的物質の分子構造によって異なるため、標的物質の選定を最適化することで影響を低減できると見込まれる。カスケードシミュレーターにCoulomb爆発の効果を実装し、標的条件を最適化する。また、Coulomb爆発によって生じるフラグメントを検出して仮説を検証すべく、測定系の改良を行う。カロリメーターの立体角増強、標的容器内の低物質量化、ビーム窓の最適化などに取り組むほか、低エネルギーのCoulomb爆発フラグメントを検出器まで導く電場形成の機構を検討する。 カスケード過程の理解を目指した実験・計算と並行して、2S状態のミュオン原子を得る手法を視野を広げつつ再考する。比較的エネルギーの高いミュオンビームが原子核に直接捕獲される原子放射捕獲(Atomic Radiative Capture, ARC)反応が利用できる可能性があり、これを検討する。ARC過程で得られたミュオン原子は高励起状態を経由しないという特徴があるが、実験的に確認された前例はない。ARCの断面積は小さいため標的中にミュオンを止める従来法ではカスケードに由来する背景事象が問題となるが、ミュオンビームが標的を透過するフライパス条件であれば観測可能と期待される。
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