Outline of Annual Research Achievements |
宇宙空間での化学反応は、光や宇宙線照射によって引き起こされる場合が多い。本研究では、ダイレクト・アブイニシオ分子動力学(AIMD)法を用いて、宇宙空間での光化学反応ダイナミクスの解明を行い、宇宙における「分子から生命への進化のメカニズム」を明らかにすることを目的とする。具体的な反応系として、 (1) 宇宙空間の分子クラスターの光反応ダイナミクスについての理論解明,および、(2)宇宙の氷の表面に吸着した分子への光照射効果の解明を行う.令和3年度は、以下の2テーマについて詳細な計算を行った。 (1) 一酸化炭素(CO)-水クラスターの光反応の解明:星間分子雲の氷は,水クラスターとCOから構成されている。本研究では、星間分子雲中の氷微粒子への光照射効果を理論的に研究した。CO-H2Oクラスターとして,CO分子と水分子1-4個からなる錯体をモデルクラスターとし, ダイレクトAIMD法を用いて光イオン化後の反応ダイナミクスを追尾した.イオン化後,水クラスター内でプロトン移動を起こすが,COと反応はしなかった.しかしながら,クラスターを振動励起させることにより,COと水分子由来のOHが反応し,活性なCO-OHラジカルが生成することが分かった.これは,クラスターの振動励起が反応を促進することを示唆している. (2)宇宙の氷表面への紫外線照射効果:星間分子雲中の氷表面へ紫外線照射すると水素原子が表面から放出される。しかしながら,そのメカニズムは分かってなかった。本研究では、氷表面から放出する水素原子の運動エネルギーをクラスターモデルによって研究した。計算の結果、氷表面から生成する水素原子の運動エネルギーとして3種類あることがわかった。これらは, (a)直接脱離するタイプ,(b)衝突後脱離するタイプ,および(c)水素原子交換反応脱離するタイプの3つの起源があることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究課題の当初の目標では,(1)ダイレクト・アブイニシオ分子動力学法を星間分子雲中のクラスター反応系へ拡張すること、および,(2)そのプログラムをテスト計算することの2つ課題が,2021年度の目標であったが,課題(1),および(2)は終了し,すでに,2022年度の目標である反応系への応用がスタートしている. 特に,(a)「一酸化炭素(CO)-水クラスターの光反応の解明」について研究を行い,アメリカ化学会総合化学誌(ACS Omega)への公表を行った:[H. Tachikawa, Reactions of Photoionization-Induced CO-H2O Cluster: Direct Ab Initio Molecular Dynamics Study, ACS Omega, 2021, 6, 16688-16695] . この研究により, 星間分子雲中のクラスター反応では,振動励起が重要な反応推進に効果があることが明らかになった. また,(b) 「酸素陰イオン-水クラスターの光反応の解明」の研究が順調に進行し,アメリカ化学会物理化学誌(J. Phys. Chem. A)への公表を行った [H. Tachikawa: Formation of Hydrogen Peroxide from O-(H2O)n Clusters, J. Phys. Chem. A, 2021, 125, 4598-4605.] .この研究により, 宇宙空間で,過酸化水素が光反応により容易に生成されることが明らかになった. 以上のことより,「研究の目的」の達成度として「当初の計画以上に進展している」と判断した.
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Strategy for Future Research Activity |
本研究課題では、ダイレクトAIMD法を用いて,宇宙空間での化学反応ダイナミクスの解明を行い,実験の指針となるモデルを提出することを目的とする. 2022年度は, (1)クラスターのイオン化(電子捕捉)反応ダイナミクスの理論解明,および(2) 氷表面へ吸着した分子の光反応ダイナミクスの理論解明を行う. 本計算方法は、温度効果をダイレクトに取り入れることが出来るため,絶対零度,中間温度領域,および高温域までの化学反応ダイナミクスの解明も可能である. 特に2022年度では,中間温度領域での化学反応ダイナミクスについて解明を行う. 上記反応系の光励起状態(イオン化、および電子捕捉状態を含む)後の実時間ダイナミクスについて, ダイレクトAIMD法を用いて理論的に研究し, (a) 反応開始直後から生成系へ至る全過程を実時間で追尾し, 動的メカニズムを解明する. さらに、(b) 反応チャンネルを支配している因子を解明する. 具体的反応系として, (1)過酸化水素―水クラスターの光イオン化反応の解明, (2) CO2クラスターの光イオン化反応の解明,および氷表面の塩酸ダイマーの光反応を取り上げ,計算を拡張する. また,氷表面の化学反応へ発展させるため、オニオム(ONIOM: our own N-layered integrated molecular orbital and molecular mechanics)法を組み入れたダイレクトAIMDプログラムを開発する予定である.この方法を氷表面に吸着した分子の光反応へ応用し,宇宙分子進化の知見を得る.
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