2023 Fiscal Year Annual Research Report
Experimental study on the progress and development of herding activity from ancient west Asia to China by protein archaeology.
Publicly Offered Research
Project Area | A New Archaeology Initiative to Elucidate the Formation Process of Chinese Civilization |
Project/Area Number |
23H03921
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Research Institution | Nara Women's University |
Principal Investigator |
中沢 隆 奈良女子大学, その他部局等, 名誉教授 (30175492)
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Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 動物考古学 / 動物骨 / コラーゲン / 質量分析 / タンパク質 / 中国文明 / 牧畜史 / 西アジア |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題名は「西アジアから古代中国への牧畜業の変遷と発展に関するタンパク質考古学的実証研究」である。その目的は、肥沃な三角州地帯とその周辺が起源とされるヒツジやヤギなどの牧畜がいかにして古代中国に伝わったかについて、遺跡から出土する動物骨の分析結果をもとに家畜の飼育技術との関連から明らかにすることである。 家畜の牧畜技術に関する従来の研究では主にヒツジとヤギの個体数の比率やそれぞれの種の年齢と性別などの調査をもとにしていた。しかし、経年劣化が進んで形状もDNAも利用できない資料については質量分析を用いたコラーゲンの分析による方法が最も信頼性の高い判別が期待できる。本研究で分析対象とするI型コラーゲンのα1およびα2鎖、それぞれ約1,000残基のアミノ酸配列中でヒツジとヤギで4残基のアミノ酸が異なるのみであるが、既にコラーゲンのトリプシン消化によって生じたペプチド中で、ヒツジとヤギそれぞれに特有の2種類ずつのマーカーを見出している。令和5年度には青銅器時代の海門口遺跡(中国・雲南省)の動物骨から抽出したコラーゲン試料の分析を行った。その結果、5点の試料中2点でヒツジに特有のペプチドマーカーを検出した。この結果は古代中国では新石器時代後期の龍山文化(中国・陝西省)後期遺跡以外ではヤギの遺物は確認されていないとする多くの調査報告を裏付けている。しかし、ヤギとヒツジの区別が困難であることと合わせて、広大で数千年にわたる中国の遺跡調査でヤギの存在が見落とされている可能性も考えられる。今後も資料の収集につとめたい。 本研究におけるコラーゲンの分析で、考古資料の埋蔵環境がコラーゲンの劣化に及ぼす影響を示す一つの指標として、約5千年のタイムスケールで起こるグルタミン(Gln)残基の脱アミド化がある。令和5年度にこの反応によって生じるイソグルタミン酸の検出法を開発し、論文として発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
青銅器時代の海門口遺跡(中国・雲南省)から出土した動物骨がヒツジかヤギのどちらかであることを質量分析により判定した。コラーゲン試料は、動物骨を0.4 M塩酸で脱灰処理後0.1 M NaOHで土壌有機物を除去して得た5点である。各試料(2 - 5 mg)のトリプシン消化物を、混合物のままで分析できるマトリックス支援レーザー脱離-イオン化質量分析(MALDI-MS)装置で分析した後、比較的良好なスペクトルが得られた試料3点についてはペプチド混合物を分離し、分離された各々のペプチドのイオンを装置内で分解してアミノ酸配列解析が行えるナノ液体クロマトグラフィー-エレクトロスプレーイオン化タンデム質量分析(nanoLC/ESI-MS/MS)装置を用いて分析した。 MALDI-MSによる分析では、これまで一般的に見られたm/z 3034とm/z 3094のそれぞれヒツジとヤギに特徴的なマーカーピークがいずれの試料においても検出されなかった。一方、ESI-MS/MSの測定によって得られたスペクトルの解析の結果、1つの試料についてヒツジに特異的なアミノ酸配列、AGEVGPP*GPPGP*AGEK(P*はヒドロキシプロリン)をもつペプチドのピークをm/z 725(z = 2, 1449 Da)に検出した。このペプチドのN末端はアラニン(A)であり、ヒツジ以外のヤギやウシなどの多くの動物ではプロリン(P)であるため、試料のトリプシン消化でこれと一致するペプチドは生じない。このほか、どの資料からもヤギに特異的なピークは検出されなかったので、海門口遺跡から出土した動物骨がすべてヒツジ由来であることはほぼ確実である。しかし、この結果は中国・雲南省の海門口遺跡に限られたもので、中国全体の極めて一部に過ぎない。現在、領域の全体会議やセミナーを通じて資料の提供を呼びかけている。
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Strategy for Future Research Activity |
前項の進捗状況に述べたように、古代中国文明の牧畜状況の痕跡をとどめる遺跡は数多く、中国全土に広がっている。したがって、中国・雲南省の海門口遺跡出土の動物骨資料の分析結果をもって中国文明の牧畜状況を推定することはできない。このため、領域会議やセミナーなどを通じて資料の提供を呼びかけている。特に、古代中国では例外的にヤギの遺物が確認されたとする新石器時代後期の龍山文化(中国・陝西省)後期遺跡から出土した動物骨がヤギであるかどうかの確認を是非とも行いたい。これ以外では、完新世の広い時代にわたる骨や、ウズベキスタンとアゼルバイジャンの旧石器時代から約1千年前の動物骨の分析についての見通しがついた。次年度が計画の最終年度になるので、このようにして収集した骨のコラーゲンの質量分析を進めると同時に、分析結果を解析し、研究目的である西アジアから東アジアにかけてのヤギとヒツジに関わる牧畜技術の変遷を、ヤギとヒツジ、さらにその交配種の個体数の変化をもとに解明したい。 一方で、資料の数が著しく増えたことによる質量分析とアミノ酸配列解析をより効率化することが必要になっている。このため、骨資料からコラーゲンを効率よく抽出する方法を再検討する。また、長い年代の資料が混在する一つの遺跡から出土した動物骨を分析する場合、資料の年代を決定するための炭素14年代測定が必要であるが、そのためには個別の資料について比較的多量のコラーゲンとそのための骨資料を必要とするという問題点がある。この問題を解決するために、令和5年度に論文発表した方法(Miyagi, M. et al. Anal Chem. 96, 3077-3086, 2024)を用いて、通常行っている一連の質量分析の操作の中でタンパク質の経年劣化によって生じたisoGluを定量することにより、資料の相対的な年代を求める方法を確立する。
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