2023 Fiscal Year Annual Research Report
スピン模型のトポロジカル相転移を検出する汎用的な機械学習手法の開発
Publicly Offered Research
Project Area | Foundation of "Machine Learning Physics" --- Revolutionary Transformation of Fundamental Physics by A New Field Integrating Machine Learning and Physics |
Project/Area Number |
23H04522
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
望月 維人 早稲田大学, 理工学術院, 教授 (80450419)
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Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 機械学習 / ニューラルネットワーク / BKT転移 / トポロジカル相転移 / XXZ模型 / 古典スピン模型 |
Outline of Annual Research Achievements |
典型的なトポロジカル相転移であるBerezinskii-Kosterlitz-Thouless (BKT) 転移を「データの事前処理」と「模型に関する事前知識」なしに高精度で検出する汎用性の高い機械学習手法の確立を目指し、BKT転移および二次相転移を示すスピン模型であるXXZ模型を対象に、「温度推定型ニューラルネットワーク」と「相分類型ニューラルネットワーク」という2種類の手法を立案し、その性能を検証した。XXZ模型は3次元ベクトルスピンの模型であり、BKT転移の研究で通常用いられる2次元ベクトルスピンのXY模型やn状態クロック模型よりBKT転移やBKT相の検出が難しい模型になっている。 温度推定型手法では、モンテカルロ法を用いて生成した様々な温度でのスピン配置データ、あるいはそれらから作成したスピン渦配置データを入力し、スピン配置が生成された温度を正しく推定するように各重み行列を最適化した。最適化された重み行列を、その分散や新しく導入した相関関数に注目して解析することで、BKT相転移や二次相転移を転移温度の定量性も含めて検出できることを実証した。ただし、この手法ではBKT相転移の検出にはスピン配置データから作成した渦配置データが必要であり、最低限のデータの事前処理が必要であることが分かった。さらに、相分類型手法では、イジング模型やXY模型、n状態クロック模型のような既知の模型で発現する様々な相のスピン配置データを使って、正しく相を分類できるようにニューラルネットワークを最適化し、最適化されたニューラルネットワークにXXZ模型の様々な温度でのスピン配置を入力することで、相の分類と相転移の検出を行った。その結果、やはりBKT相転移や二次相転移を転移温度の定量性も含めて検出できることを実証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
2023年度の研究では、BKT転移を示すXY模型と、二次相転移を示すイジング模型を連続的につなぐXXZ模型において、XY領域で発現するBKT転移と、イジング領域で発現する強磁性相転移の両方を高い精度で検出し、従来手法のような事前データ処理や模型の事前知識を必要としない汎用的な手法の開発を目指した。3次元ベクトルスピン系が示すBKT相転移は、検出の難易度が高いため、本課題は非常に挑戦的であった。我々は温度推定型と相分類型という新しい手法を着想・設計し、解析手法や解析量を考案・工夫するなどして研究を遂行した結果、上記の目標を高いレベルで達成することができた。2023年度はさらに、これらの成果を米国物理学会の論文誌「Physical Review B」や、東大(本郷)で開催された本学術変革領域の領域会議における招待講演、その他さまざまな学会、研究会、セミナー等で発表することもできた。また、本成果は日本物理学会の欧文誌「Journal of the Physical Society of Japan」や、物性物理分野で高い評価を受けている「固体物理誌」から記事執筆を依頼されるなど、注目を集める成果となっている。さらに、本研究課題の遂行中に偶然、粘菌のダイナミクスを利用した組み合わせ最適化問題や充足可能性問題を解くアルゴリズムの背後にニューラルネットワークの構造が潜んでいることに気が付いた。現在、アーキテクチャの数理モデル化、モデルの改良、物理実装の可能性の検討をしている。物性物理分野におけるニューラルネットワークを用いた機械学習の研究が、当初は思いもよらなかった自然計算やスピントロニクスといった分野にまでまたがる大きな研究分野に発展する可能性が芽生えてきた。以上の点を鑑み、本課題の研究は、当初の計画以上に進展していると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
2023年度の研究で、BKT転移を高い精度で検出する汎用的な機械学習手法の確立という目標は概ね達成できたと考えている。今後はこの手法の「さらなる高性能化」、「様々なスピン模型への適用」、「新しい物理・新しい物質開発への活用」を目指していく。一方我々は、2023年度の研究遂行中に偶然、粘菌生物のダイナミクスを活用した組み合わせ最適化問題や充足可能性問題を解く情報処理アーキテクチャの研究を知り、スピントロニクスを活用した物理実装を模索する過程で、そのアーキテクチャの背後にリカレントニューラルネットワークの構造があることに気が付いた。例えば粘菌がその体を餌に対して伸ばし、光を嫌って引っ込める振る舞いを利用した巡回セールスマン問題を解くことができることが、実験的に実証され、その数理モデルが提案されている。体積保存則やシグモイド関数の多用など、物理実装に向けて何かと制約の多いこの数理モデルの改良の検討をしていく中で、我々は当初粘菌の情報処理能力に必須と考えられていた体積保存則が必須でないことを発見し、さらに乱数や関数形、拘束条件を改良することで、より物理実装しやすい上に、解探索性能が大幅に向上する数理モデルの発見・確立に至った。さらに、その改良されたモデルを精査することで、粘菌の情報処理能力や解探索機能の背後にリカレントニューラルネットワークの構造があることに気が付いた。今後、この研究を発展させ、生物の情報処理機能を模倣して低コストで解探索を行うアーキテクチャを研究する「自然計算」と呼ばれる分野や、磁性体中の磁化や電子スピンを積極的に活用して低コスト・高性能なエレクトロニクス素子の実現を目指す「スピントロニクス」分野を、ニューラルネットワークに立脚した機械学習分野と融合させた新しい分野の開拓に取り組んでいきたいと考えている。
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