2023 Fiscal Year Annual Research Report
末梢-中枢機能連関による脳内環境とメタ可塑性制御
Publicly Offered Research
Project Area | Deciphering and Manipulating Brain Dynamics for Emergence of Behaviour Change in Multidimensional Biology |
Project/Area Number |
23H04659
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
松井 広 東北大学, 生命科学研究科, 教授 (20435530)
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Project Period (FY) |
2023-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 迷走神経 / グリア細胞 / メタ可塑性 / 小脳依存性運動学習 / オプトジェネティクス / ファイバーフォトメトリー / 蛍光マクロ実体顕微鏡 |
Outline of Annual Research Achievements |
迷走神経は、身体・末梢を脳・中枢へとつなぐ天然のアクセスルートとみなすことができ、迷走神経への刺激を工夫することで、脳内環境を自在に遠隔操作することが可能となる。本研究では、頸部迷走神経の求心性刺激によって、中枢グリア細胞の機能を賦活化し、脳内メタ可塑性を向上させることで、生来の性能を超えた学習・記憶機能を実装することを目指した。迷走神経からの求心性の信号は、まずは孤束核に伝えられ、孤束核を介して脳内の様々な部位に迷走神経由来の感覚情報が送られる。ファイバーフォトメトリー法を用いて脳深部アストロサイト(Ikoma et al., Brain 2023)、蛍光マクロ実体顕微鏡の広域イメージングを用いて、小脳を含む全脳皮質表面のアストロサイトの記録をしたところ、迷走神経刺激によってアストロサイトに活動が引き起こされることが示された。また、マウスの瞳孔径は集中度・覚醒度の指標となることが知られているが、事前実験では、迷走神経刺激による散瞳現象が観察され、効果的な可塑性が成立しやすい心の状態が成立することが示唆された。当研究室では、これまで、小脳依存性の水平視機性眼球運動(HOKR)学習におけるアストロサイト機能について詳細に検討してきた(Morizawa et al., Nat Neuro 2022; Kanaya et al., Glia 2023)。求心性の迷走神経刺激が中枢のアストロサイトの活動を賦活化し、学習や記憶にともなう可塑性の成立しやすさ=メタ可塑性が向上するというメカニズムが示唆された。そこで、本研究では、迷走神経刺激による行動変容・メタ可塑性制御のメカニズムを解き明かすことに挑戦した。HOKR学習をモデルとして、迷走神経刺激とグリア-神経機能連関等の細胞生理学的なメカニズムとの関連を明らかにする。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究では、マウスを用いて、小脳依存性運動学習のひとつ、水平視機性眼球運動(HOKR)学習を主に扱った。水平方向にサイン波状に行き来する縞模様をマウスに提示すると、マウスの眼球は自然とこの縞模様の動きを追う。しかし、マウスに初めてこの視覚刺激を提示しても、実際の縞模様の振幅より、眼球運動の振幅は小さい。視覚刺激を繰り返し提示すると、次第に眼球運動の振幅は増大し、網膜上の縞模様像は安定化する。学習の程度を定量的に評価できる点、また、学習に関わる脳領域が小脳の中でもflocculusという小領域に絞られる点で、このパラダイムを用いた多くの研究がなされてきた。本研究では、この古典的な学習パラダイムを扱いながら、オンライン学習とオフライン学習のふたつの並行学習過程が存在することを示し、しかも両方の過程がともにグリア細胞の異なる活動に左右されることを示した。引き続いて、学習パラダイムの特定の時期に迷走神経刺激をすると、学習促進効果が現れることが示唆されている。この効果が血管やグリア細胞を介した作用なのかを特定することに取り組んでいる。当初の計画以上に研究が進展していると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究では、遺伝子操作を伴わず、ヒト臨床にも使える迷走神経刺激法によって中枢グリア機能を賦活化する方法を編み出すことに挑戦している。実験的には、グリア機能を光操作できる遺伝子改変動物も併用することで、グリア細胞の担うメタ可塑性の制御機構の原理を解明することにも取り組んでいる。脳と身体のパフォーマンスそのものを改変する覚せい剤や筋肉増強剤等とは異なり、迷走神経刺激は、メタ可塑性だけを向上させるので、その機会を利用したトレーニング/学習効果があがるだけで、あくまで自身の力を使って、神経回路が変わるのを助けるだけであると言える。したがって、本研究は、オンデマンドの脳機能向上トレーニング法の開発につながり、創造性や知性の拡張等も実現されることが期待される。本研究によって得られる成果は、(1)老齢・認知症による記憶力の低下の補償、(2)脳梗塞後の効果的なリハビリ、(3)健常人における拡張知能の獲得、(4)アスリートのパフォーマンス向上等、応用可能性は広い。本研究期間内では、これらのトランスレーショナルな発展研究は実施しないが、迷走神経刺激からメタ可塑性向上へと至る基礎的な経路を同定することで、そのメカニズムを明らかにすることに取り組む。
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