2012 Fiscal Year Annual Research Report
細胞性粘菌におけるアロ認証機構の解明
Publicly Offered Research
Project Area | Elucidation of Common Mechanisms for Allogeneic Authentication in Animals and Plants |
Project/Area Number |
24112703
|
Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
漆原 秀子 筑波大学, 生命環境系, 教授 (00150087)
|
Project Period (FY) |
2012-04-01 – 2014-03-31
|
Keywords | 有性生殖 / 細胞間相互作用 / 細胞性粘菌 / 進化 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では細胞性粘菌Dictyostelium discoideumにおける配偶子間相互作用の分子メカニズムを解析することによってアロ認証機構の進化に関する理解を深めることを目的とした。D. discoideumの有性生殖様式は主として他家接合で、Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅲ型の3種類の交配型が知られており、それぞれ自分とは異なる交配型の配偶子とのみ融合して接合子を形成する。これまでに接合に必須の遺伝子としてⅠ型株でmatAとmacAが同定されていたが、それらが細胞の識別に関与する可能性は低いと考えられていた。 今回有性生殖不能の突然変異体を解析したところ両遺伝子が構造、発現ともに正常であることが見いだされ、第3の必須遺伝子の存在が示唆された。植物受精因子Hap2/GCS1のホモログをコードする遺伝子がゲノム中に存在することから、これを有力候補として解析を進めた。 D. discoideumのホモログとしては、hapAに加え、全体的な相同性はかなり低いがHap2ドメインをもつmrhAという遺伝子も存在していた。Ⅰ型株でそれぞれの遺伝子を破壊したところ、いずれの場合にも細胞融合能が損なわれるという結果が得られ、両遺伝子とも細胞性粘菌で有性生殖に必須であることが示された。Ⅱ型株についても同じ結果が得られ、植物の場合と異なってGCS1は交配型特異的に機能していないのではないかと考えられた。しかし、最近Ⅲ型においてmrhAの遺伝子破壊に成功し、有性生殖は正常であるという結果が得られ、交配型特異性が再浮上した。 また、子実体を形成する無性発生過程でも自己・非自己の識別は重要な働きをしていることから、その際に重要な働きをするtgr遺伝子産物が有性生殖過程にも関与している可能性があると考え、遺伝子破壊株を入手して有性生殖の表現型を解析したところ、細胞融合能力が低下しているという結果が得られた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
実施計画5項目のうち、計画ⅠはHap2/GCS1遺伝子ホモログhapA、mrhAの交配型特異性に関するものである。KAX3(Ⅰ型)、V12(Ⅱ型)、WS2162(Ⅲ型)株の配偶子を用いたゲノム、トランスクリブトームならびにプロテオーム解析を行ったところ、①機能に影響すると推測されるアミノ酸配列の違いはないこと、②mRNAレベルはⅡ型が若干低いこと、③タンパク質レベルはⅠ型に比べてⅡ型、Ⅲ型で圧倒的に低く、交配型に依存していることがわかった。 計画Ⅱは細胞融合因子macA、hapA、mrhAの機能解析である。細胞接着への関与の有無をそれぞれの遺伝子破壊株を用いてで調べたところ、細胞接着に格段の違いはなく、ゼネラルな細胞接着には関係していないと推察された。配偶子間相互作用時の局在情報を得るために蛍光タグ付きタンパク質の発現を試みたが、蛍光の検出にはまだ成功していない。一方、識別への関与を調べるために、Ⅱ型、Ⅲ型での遺伝子破壊に挑戦した。D. discoideumでの形質転換はこれまでⅠ型でしか成功していなかったが、Ⅰ型株の交配型決定領域をⅡ型、Ⅲ型のそれと置き換えることによって作製された株を利用することによって可能となった。その結果、Ⅱ型では両遺伝子とも接合に必須であることがわかった。Ⅲ型については、mrhAは接合に必須でないという予備的な結果が得られている。 計画Ⅲ、交配型決定遺伝子の下流遺伝子の解析は上述の交配型転換株を用いて当初予定以上の情報が得られている。計画Ⅳ、tgr遺伝子のアロ認証への関与については遺伝子破壊株を用いた解析が終了している。計画Ⅴ、プロテアーゼ処上清中の細胞識別阻害活性の有無については、活性が検出できないという結論となった。 以上のように、すべての項目で研究を実施し、当初予定通りに進展しない場合でも別のアプローチから有意義な結果を得ることができた。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の方向としては、細胞性粘菌の特徴を生かし、自己・非自己の識別とその意義に関する考察が可能となるような研究を展開することが有意義である。大別するとホモログの機能と交配型特異性に関する研究と無性発生過程での自己識別分子の関与に関わる研究の2つの方向性が考えられ、具体的には以下の推進方策が可能である。 Ⅰ.Hap2/GCS1ホモログの交配型特異性に関する解析:Ⅲ型株でhapAとmrhAの遺伝子破壊を作製し、それらがⅢ型では必須でなく、交配型特異的に機能していることを確認する。その結果をもとに、多種類の性(交配型)がどのようにして生じるか、またHap2/GCS1の機能がどのように進化の過程で保存されてきたかを考察する。 Ⅱ.交配型特異的に機能する遺伝子の解析:有性生殖過程では多くの遺伝子の関与が必要になるはずである。遺伝的バックグラウンドが共通のⅠ型~Ⅲ型株を利用して交配型依存的に発現が変化する遺伝子の機能を網羅的に解析することにより、交配型の識別に関与する分子の探索にとどまらず、D. discoideumにおける有性生殖のメカニズム全貌の把握につながると期待される。 Ⅲ.自己・非自己識別の総合的な位置づけに関する解析:D. discoideumにおいて、子実体形成(無性発生)過程では自己・非自己識別よって非自己を排斥して集合することが得策である。一方、有性生殖では配偶子は識別の結果非自己と融合する。tgr遺伝子のように両者に共通の細胞接着因子が関与するのであれば、接着後の情報処理は異なる生活環で仕分けられているはずであり、それらを制御するゲノム情報についてシステム生物学的観点からの検討も可能となる。
|