2013 Fiscal Year Annual Research Report
神経回路の活動と行動の対応付けに基づく連合学習の神経機構の解明
Publicly Offered Research
Project Area | Mesoscopic neurocircuitry: towards understanding of the functional and structural basis of brain information processing |
Project/Area Number |
25115707
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research on Innovative Areas (Research in a proposed research area)
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
國友 博文 東京大学, 理学(系)研究科(研究院), 助教 (20302812)
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Project Period (FY) |
2013-06-28 – 2015-03-31
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Keywords | 学習と記憶 / 神経回路 / 線虫 |
Research Abstract |
学習と記憶の仕組みを分子レベルで解明することは、神経科学の重要な課題のひとつである。我々は、線虫の塩濃度と餌の連合学習に必要な神経回路を同定し、その活動が学習の前後でどのように変化するか調べた。その結果、一個の味覚神経から後シナプス介在神経へのシナプス伝達の効率が経験により変化することを見出した。光遺伝学の手法を用いて、この変化が実際に塩走性行動の変化と結びついていることを確かめた。 線虫C.エレガンスは、飼育時に餌が十分に与えられていた場合はその塩濃度に向かい、飢餓を経験した場合にはその塩濃度を避けるように行動する。すなわち、線虫の塩走性は、餌の有無と塩濃度とを関連付けて記憶する連合学習である。この学習には味覚神経ASERから塩濃度の情報が入力すれば十分であることがわかっていた。学習を制御する神経回路の動作と行動との関係を明らかにするため、カルシウムイメージングを用いて、ASERとそのポストシナプス介在神経について塩刺激に対する応答と飼育条件による応答様式の変化を調べた。その結果、ASERとAIB介在神経はいずれも塩濃度の低下により脱分極し、飼育時の塩濃度に依存して両神経間のシナプス伝達効率が変化することを見出した。ASERの興奮は飼育塩濃度が高かった場合にはAIBに伝達されたが、飼育塩濃度が低かった場合には伝達されなかった。チャネルロドプシンを用いてASERを刺激する実験から、前者は刺激に応答して方向転換頻度の上昇、後者は抑制を引き起こし、これは塩走性時に観察される方向転換頻度の調節と一致していた。これらの結果は、飼育時の塩濃度に依存したASERからAIBへのシナプス伝達の効率の変化が塩走性行動を変化させていることを示している。研究成果の一部はKunitomo et al., Nature Communications 4:2210 (2013)に発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、線虫の塩濃度学習の実験系を用いて、学習と記憶の神経機構・分子機構を解明することを目指している。そのため、まず、塩走性に必要な神経回路を同定し、その動作機構を調べる実験に着手した。味覚の情報処理に関わる神経回路の候補は複数ある。その中から塩濃度学習に特に重要なものを見出し、行動の変化を引き起こす神経機構を明らかにできた。この過程で、飼育塩濃度に依存した行動の逆転(飼育塩濃度が高かったときには濃度勾配を上り、低かったときには勾配を下るような行動の制御)には、今回調べたASER味覚神経からAIB介在神経への情報伝達のみでは十分ではないことも明らかになった。塩濃度学習の機構の全体像を調べる上で、今後の新たな研究課題である。 分子機構の解明では、ASER神経におけるジアシルグリセロールシグナル伝達経路の活性が塩濃度の嗜好に関与することが既に知られていた。遺伝学的スクリーニングによって得られた行動変異体の解析により、ホスホリパーゼCイプシロンをコードするplc-1遺伝子がASER神経で働き、AIB介在神経への情報伝達効率の制御に関与していることを明らかにした。一定の環境を求めて移動する行動は、動物で広く観察される。本研究の成果は、それらの神経機構を理解するための基礎的な知見となり、記憶や学習の仕組みの解明に寄与すると考えられる。 当初の計画で予定していたモノアミン神経伝達物質による学習の調節機構については、オクトパミン受容体とそれが働く神経細胞の同定を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
進捗状況を踏まえ、引き続き線虫の塩濃度学習の実験系を用いて、その分子・神経機構の解明を推進する。 (1)塩濃度走性を制御する神経回路の動作機構の解明:線虫は、少なくとも二つの運動制御機構を併用して塩の濃度勾配上を移動する。個体の前進に伴う濃度のゆるやかな時間変化に応じて方向転換の頻度が調節される「ピルエット機構」と、前進に伴って緩やかに進行方向が変化する「風見鶏機構」である。AIB神経は前者の制御に関与している。一方、風見鶏機構による行動の制御にAIBは必要ではなく、ピルエット機構においても、記憶の塩濃度と現在の塩濃度との差によってはAIB以外の介在神経を介して情報が伝達されることが明らかになった。つまり、ASERに入力した塩の刺激は並列する複数の神経回路を通って運動神経に伝達され、塩濃度走性を引き起こす。AIBと並行して働く神経回路を同定し、経験に依存して異なる回路に情報が流れる仕組みを明らかにする。 (2)ASERにおけるジアシルグリセロール(DAG)レベルの計測: 線虫のDAGシグナル伝達経路は、運動神経においてシナプス小胞の放出を正に制御することが知られている。この経路をASER神経で活性化すると線虫は飼育条件にかかわらず高い塩濃度に向かう。逆にその活性が低いと、低い塩濃度に向かう。また前述のように、ASERからAIBへのシナプス伝達効率の変化が行動を変える原因の一つであることがわかっている。以上より、塩濃度の変化に応答してASER神経内のDAG経路の活性が調節され、それが塩濃度の記憶の一部を担っている可能性が示唆される。ASER細胞内のDAGレベルを測定しこの仮説の検証を試みる。 当初の研究計画では、自由運動中の線虫の神経細胞の活動を記録する高速トラッキングシステムの導入を予定していた。線虫頭部の焦点深度方向の動きが予想外に大きく、シグナルの検出に影響が出てしまう。微小流路を用いた測定を試みている。
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