2014 Fiscal Year Annual Research Report
人工脂質二重膜におけるドメイン構造の実験的探究
Publicly Offered Research
Project Area | Dynamical ordering of biomolecular systems for creation of integrated functions |
Project/Area Number |
26102541
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Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
岩田 耕一 学習院大学, 理学部, 教授 (90232678)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 脂質二重膜 / ドメイン / 分光実験 |
Outline of Annual Research Achievements |
リポソーム脂質二重膜中にプローブ分子としてtrans-スチルベンを可溶化して,そのけい光をピコ秒時間分解けい光分光計で測定した.スチルベンのtrans体からcis体への光異性化反応の速度定数は,周囲の粘度に依存して変化する.スチルベン分子の回転再配向時間も同様に,周囲の粘度に依存して変化する.リポソーム脂質二重膜中に可溶化したtrans-スチルベンのピコ秒時間分解けい光分光測定の結果から,独立した現象である光異性化反応と回転再配向の速度定数をそれぞれ求めた.2種類の測定の結果から,スチルベン分子近傍の粘度を見積もった.リポソームを構成するリン脂質としては,6種類の異なるフォスファチジルコリンを用いた.スチルベン分子は水に不溶であるので,見積もられた粘度は脂質二重膜の疎水部の粘度である.2種類の異なる方法による粘度の評価は,共通して脂質二重膜中には微視的な粘度が数十倍異なる二種類の環境が存在することを示した.この結果は,単一のリン脂質で構成されるリポソーム脂質二重膜の内部が均質ではなく,数十倍程度粘度が異なる複数の環境が膜内に併存することを強く示唆する. 脂質二重膜中に可溶化されたtrans-スチルベンのピコ秒時間分解ラマンスペクトルを測定すると,脂質二重膜内部の熱拡散定数を求めることができる.今年度は,脂質二重膜内での熱拡散の測定結果を,熱拡散方程式にもとづく簡単な数理モデルを作って説明した.脂質二重膜の物性に対するコレステロールの効果を検証するために,フォスファチジルコリンの一種であるDPPCがつくるリポソーム脂質二重膜にコレステロールを添加した試料で熱拡散定数を求めた. 領域内の加藤班員の研究グループとの共同研究を開始した.脂質膜表面を糖鎖で修飾することによって脂質二重膜の粘度が変化するか否かを検証するためのピコ秒時間分解けい光分光の実験を開始した.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
平成26年度には,ピコ秒時間分解けい光分光法を用いて6種類のリポソーム脂質二重膜内部の粘度を詳細に測定した.その結果をもとに,単一のリン脂質で構成されるリポソーム脂質二重膜の内部が均質ではなく,数十倍程度粘度が異なる複数の環境が膜内に存在すると結論した.これは,生体膜の中に硬い秩序相のリン脂質やコレステロールから成る「ラフト」の存在を仮定する脂質ラフトの構造モデルと矛盾しない.脂質ラフトの存在が提唱されて以来,その存在の有無の検証が大きな注目を集めている.今回の分光実験による研究によって,脂質ラフトの当否を含めた脂質二重膜の構造の研究に対して基礎的かつ重要なデータを提供できた. 熱拡散定数は,粘度と並んで脂質膜の物性を記述する基本的な物理量の一つである.今年度の研究によって,脂質二重膜内部の熱拡散定数の測定結果を,実際の脂質二重膜に対応した境界条件のもとでの熱拡散方程式の解でよく説明できることを示せた.この結果は,脂質二重膜の内部におけるエネルギー移動に,外側の水が大きな影響を与えることを意味する.脂質二重膜の特性を議論する際に考慮すべき基本的な知見を得ることができた. 新学術領域での研究の利点のひとつは,領域内での異分野の研究者との共同研究を進められることである.平成26年度には,領域内で脂質膜表面の修飾と内部の物性の相関の有無に関する共同研究を開始することができた.これは,脂質膜が生理活性に影響を与える機構を明らかにすることを目的とした研究であり,領域内での議論がなければ発想し得なかった研究課題である. 平成26年度には,これまでの研究活動に対して,研究室のメンバーである助教が学会賞を1件,大学院生が学会での発表賞を2件(うち1件は国際学会)受賞することができた. これらの経緯を総合的に勘案して,現在までの研究は当初の計画以上に進展していると判断する.
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Strategy for Future Research Activity |
平成27年度は,平成26年度に引き続き,脂質二重膜の物性に対するコレステロールの効果を明らかにするための分光実験を行う.trans-スチルベン分子などをプローブとして利用して,単一のリン脂質から成るリポソーム脂質二重膜の粘度や熱拡散定数がコレステロールの添加によってどのように変化するかを明らかにする.そのための実験の手段として,粘度の測定に対してはピコ秒時間分解けい光分光法,熱拡散定数の測定に対してはピコ秒時間分解ラマン分光法を主として用いる.昨年度に用いたDPPC(ジパルミトイルホスファチジルコリン,炭素鎖を構成するアシル基の炭素数が16個)に加えて,他のリン脂質から構成されたリポソームも実験に用いる.これまでの研究から,単一のリン脂質で構成されるリポソーム脂質二重膜の内部には,粘度が数十倍異なる複数の環境が存在することが明らかになっている.また,ゲル相と液晶相の間で熱拡散定数に違いがあることも明らかになっている.コレステロールを含まない脂質二重膜がもつこのような特性が,コレステロールの添加によってどのように変化するか(あるいは変化しないか)について,系統的な実験に基づいて議論する. 平成27年度は,前年度に開始した領域内での加藤班員の研究グループとの共同研究を発展させる.脂質膜表面の修飾と脂質膜内部の物性の相関は,基本的かつ重要な研究課題である.分光実験の結果をもとに脂質膜表面の修飾の効果を検証する.前年度には,この共同研究以外にも複数の共同研究について具体的に検討した.平成27年度には,領域内での共同研究をさらに増加させることをめざす. 得られた研究の成果を領域の内外で積極的に発表して周知する.領域での研究成果について一般の社会人や中学生・高校生に説明するアウトリーチ活動を積極的に進める.
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Research Products
(17 results)