2014 Fiscal Year Annual Research Report
発色団とタンパク質の選択的結合と励起緩和動力学:超高速近赤外振動分光による計測
Publicly Offered Research
Project Area | Science on Function of Soft Molecular Systems by Cooperation of Theory and Experiment |
Project/Area Number |
26104534
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Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
高屋 智久 学習院大学, 理学部, 助教 (70466796)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 時間分解分光 / 誘導ラマン分光 / 近赤外分光 / 励起状態動力学 / カロテノイド |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は,水溶液中の柔らかな分子系のダイナミクスを観測する超高速近赤外振動分光計を開発し,発色団とタンパク質との選択的結合によって発色団の動力学が受ける影響を明らかにすることである.本年度は,フェムト秒時間分解近赤外誘導ラマン分光計を水溶液試料に対して適用可能とし,有機溶媒および水中のカロテノイドの時間分解誘導ラマンスペクトル測定を目指した. まず,アセトニトリル希薄溶液としたβ-カロテンの電子励起状態のフェムト秒時間分解誘導ラマンスペクトルを測定し,分光計の感度を評価した.濃度5 × 10-6 mol dm-3の溶液について,詳細な解析が可能な1本の誘導ラマンスペクトルを約10分の測定時間で取得できると分かった.本分光計の信号検出下限はラマン利得にして約1 x 10-4以下,吸光度変化に換算して約4 x 10-5以下と見積もられた. タンパク質と結合したカロテノイドは生体中において重要な機能を示す.一方,溶媒である水が近赤外光を吸収するため,誘導ラマンスペクトルの計測条件を最適化しておく必要がある.そこで,水溶性カロテノイドのひとつであるクロセチンを塩基性水溶液とし,時間分解近赤外分光測定を行った.光路長可変フローセルを導入し,水の吸収による妨害を軽減してスペクトル測定ができるよう光路長の最適化を行った.光励起直後,クロセチンのS2状態による複数の吸収帯が観測され,約1 ps以内に減衰した.時刻1 ps以降にはS1状態の吸収スペクトルが観測された.クロセチンのアセトニトリル溶液について同様の測定を行ったところ,S2状態のバンド形が大きく変化した.すなわち,S2状態,あるいはS2状態からの吸収の終状態の電子構造が,末端カルボキシル基の影響を強く受けることが示唆された.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度の研究計画は,(1)フェムト秒時間分解近赤外近赤外マルチプレックス誘導ラマン分光計の高感度化,水溶液試料への最適化および測定波数範囲の拡張,および(2)アスタキサンチンをはじめとするさまざまなカロテノイド分子の過渡近赤外誘導ラマンスペクトル測定であった. 計画(1)では光チョッパーを2台用いることによって分光計の高感度化を見込んでいた.しかし,カロテノイドタンパク質単離の事前検討の結果,光チョッパーの導入よりもタンパク質に必要な遠心分離機の導入を優先する必要があると判断し,この計画を延期した.一方,水溶液を循環する組立フローセルを導入した結果,水溶性カロテノイドであるクロセチンの時間分解近赤外誘導ラマンスペクトルを観測できた.以上から,水溶液試料への最適化は十分に達成された. 計画(2)では,水溶性タンパク質であるクロセチンの時間分解吸収および誘導ラマンスペクトルを塩基性水溶液中で観測できた.クロセチンの吸収がβ-カロテンに比べてはるかに小さかったために大きな共鳴ラマン効果が期待できない条件であったが,約10分の測定時間でS1状態の誘導ラマンスペクトルを取得できた.クロセチンの測定に時間を費やすこととなったため,アスタキサンチンなど他のカロテノイド分子の過渡近赤外誘導ラマンスペクトルの測定には至らなかったが,進捗状況としては十分である. 以上の結果,平成26年度の目的達成状況はおおむね順調に進展していると判断した.
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Strategy for Future Research Activity |
当該年度の研究の結果,タンパク質水溶液に対して最適な近赤外誘導ラマンスペクトル測定条件がおおよそ決定した.今後の研究として,カロテノイド結合タンパク質分子のフェムト秒時間分解近赤外共鳴誘導ラマンスペクトルを測定し,カロテノイド発色団とタンパク質との選択的結合によってカロテノイドの動力学が受ける影響を検討する. カロテノイド結合タンパク質のモデルとして,アスタキサンチン結合タンパク質を主な対象とし,上記の研究を遂行する.まず,遊離アスタキサンチンのフェムト秒時間分解近赤外吸収スペクトルを測定し,S2およびS1状態の吸収極大波長,寿命,および内部転換速度を明らかにする.また,フェムト秒時間分解近赤外誘導ラマンスペクトルを測定し,S2およびS1状態における同位相C=C伸縮振動の振動数の時間変化を調べる.励起波長を変えると,アスタキサンチンが得る余剰エネルギーの大きさが変化する.余剰エネルギーによってS2状態およびS1状態における同位相C=C伸縮振動の振動数変化の速度がどのような影響を受けるかを観測し,余剰エネルギーの散逸速度および散逸機構を検討する. 次に,アスタキサンチン結合タンパク質であるα-,β-,γ-クラスタシアニンを甲殻類の殻より単離し,同様の測定を行う.3種類のクラスタシアニンについて,アスタキサンチン発色団を光励起してフェムト秒時間分解近赤外誘導ラマンスペクトルを記録し,S2およびS1状態における同位相C=C伸縮振動の振動数の時間変化を調べる.観測された振動数変化のダイナミクスを遊離アスタキサンチンのダイナミクスと比較し,タンパク質環境によってアスタキサンチン発色団の内部転換および余剰エネルギー散逸ダイナミクスがどのような影響を受けるかを検討する.
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