2014 Fiscal Year Annual Research Report
伝導遅延時差による身体上距離符号化仮説‐ 時間が身体像をつくるメカニズム
Publicly Offered Research
Project Area | The Science of Mental Time: investigation into the past, present, and future |
Project/Area Number |
26119535
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Research Institution | Advanced Telecommunications Research Institute International |
Principal Investigator |
羽倉 信宏 株式会社国際電気通信基礎技術研究所, 脳情報通信総合研究所, 研究員 (80505983)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 時間知覚 / 時間順序判断 / 身体図式 / 伝導遅延 |
Outline of Annual Research Achievements |
皮膚から触覚刺激が伝える信号が脳に到達するまでの時間(伝導遅延)は各身体部位から脳までの距離によって異なる。例えば手首と肘が同時に触られた場合、肘の情報の方が脳には先に到達する。本研究は、脳がこの伝導遅延時差を積極的に利用し、身体上の距離を計算しているという仮説、「伝導遅延時差による身体上距離符号化仮説」を、心理物理的、電気生理的手法をもって検証することを目的とする。 本年度の研究では、脳までの伝導距離が異なる上肢上の2 点(手首と肘)における触覚刺激の知覚タイミングを操作し、その操作が2 点間の距離知覚を変化させるかを調査した。被験者の右腕の手首と肘には、それぞれ触覚刺激を与えるソレノイド電極を設置した。この状況下で、被験者は時間順序課題を行い、その後2点間の距離を判断した。両刺激間の刺激タイミング知覚を操作するために、時間順序判断課題時の刺激間間隔が、高い確率で手首が先に刺激される条件(手首先行分布条件)と、高い確率で肘が先に刺激される条件(肘先行分布条件)を用意した。 被験者の時間順序判断は、手首先行分布条件の場合には物理的には肘が先行する場合にも手首先行と判断する確率が、肘先行分布条件の場合は手首が先行する場合にも肘先行と判断する確率がそれぞれ上昇した。 これらの各条件後、被験者がボード上の指さしによって手首-肘間の距離を判断すると、手首先行分布条件後は2点間の知覚距離が増大して知覚されることが明らかになった。これは、知覚タイミングの操作により、脳内の手首-肘間の伝導遅延時差が増大し(脳において、肘からの入力があってから手首の入力が同時と感じる時間の増大)、それによって距離の知覚が変化したと考えられる。すなわち、伝導遅延時差が積極的に身体上距離の判断に利用されていることを示していると言える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、触覚刺激が与えられた時に生じる伝導遅延時が各身体部位によって異なるという生理学的事実に着想を得て、その身体部位間の伝導遅延の差が、積極的に身体上距離の知覚に利用されているという仮説、「伝導遅延時差による身体上距離符号化仮説」、を検証することである。 当初の計画通り、腕上の2点(手首・肘)に与える触覚刺激について、両刺激を与える刺激間間隔の操作により、知覚タイミングの操作に成功した。さらに、その知覚タイミングの操作のよって、2点間の伝導遅延時差が利用されている、という仮説通り、身体上距離の知覚を延長することに成功した。この点において、研究はおおむね順調に進展していると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
現在、直接的に伝導遅延時差の身体上距離知覚への利用を検証するために、腕を冷却、ならびに加熱することによって伝導遅延時間を物理的に遅延させ身体上距離知覚の変容を調査する実験を行っている。 今後は、当初の計画通り、上肢切断患者の失われた身体像を、伝導遅延時差のテクニックを用いて回復させる実験に取り組む。上肢切断患者は、物理的には最早存在しない上肢を知覚する(幻肢)。上肢切断当初はこの幻肢は、もとあった上肢と同じ長さを保つが、次第に縮小し、指の位置が切断部に空間的に非常に近く感じるようになる。本計画では、伝導遅延情報の混乱が幻肢の縮小を招いたと仮説する。そして、距離に対応した「正しい」伝導遅延を再学習させてやることで、幻肢がもとの長さを回復させるかに挑戦する。 上肢切断患者の切断部を刺激すると、刺激位置によっては物理的には存在しない部位(指)などの感覚を惹起できることが知られている。つまり、日常生活において切断部を患者が動かすとき、通常は時間差を持って入力される指先の情報と切断部の情報が、伝導遅延時差なく、同時に脳に入力され続けることになる。 もし2 点間の伝導遅延の差が身体距離を符号化している場合、これは幻肢の縮小を招くこととなる。もしこの仮説が正しい場合、この2 点からの入力を時間的にずらすことで、幻肢の長さが回復することが予測できる。昨年度用いた分布を偏向させた時間順序課題を、切断部における幻肢の遠位部(指先)を感じる領域と、切断部位そのものを感じる領域に触覚刺激を与えることで行う。刺激前後で、幻肢の長さをで評価してもらう。この研究には、上肢切断患者の研究を現在勢力的に行っている、Oxford 大学のTamar Makin 博士の協力を得られており、英国で行う予定になっているが、日本で研究協力者を募る計画もたてている。
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