Research Project
Grant-in-Aid for JSPS Fellows
前年に引き続き、江戸時代の文芸に対する意識について問題にしている。本年はその理解を思想史的な観点との交叉する場で確認する前提として、幕末の国学者萩原廣道の国学概論書である『本教提綱』を読み込む作業を行い、論文を公表した。本論では、廣道の初期の著述で、彼の抱懐する国学説を述べた『本教提綱』を読み込むことで、よく知られる『源氏物語評釋』を理解する前提ともなる幕末国学的な思考のあり様を明らかにした。それは国学の範疇にとらわれず、富永仲基説や、儒学者の熊沢蕃山・荻生徂徠などの学説の発想を折衷的に取り込み、議論をなすものであった点が確認されたのである。『評釋』は、国学説・儒学説・中国小説批評用語などを折衷させ、それぞれを論理的な構成要素に転化することによって成立しているが、それを成立させる枠組みはそこに実現していたのであり、すでに実験済みだったということができる。現在は、そこから一歩進めたかたちで、『本教提綱』と『源氏物語評釋』の間の関係について、主として「物のあはれ」説の受容の仕方という観点から考察する作業を継続している。例えば廣道は『提綱』では倫理的実践性の強い「物のあはれ」を述べながら、『評釋』では宣長説の忠実な祖述をしているという一見矛盾する現象があるが、それを支えるものとして熊沢蕃山的な発想の中で論理的に整合化されていることを検討するなどの作業を進めている。それ以外にも物語を考える足場として、『提綱』における成果と発想の仕方が『評釋』に関わっていることを検討中である。これは、どのような思想史的背景の中で、物語の読みが深められていたかを明らかにする一つの布石にもなるだろうと考える所であり、その成果は四月の学会において発表することを目途にして、現在鋭意努力を継続中である。
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