Research Project
Grant-in-Aid for JSPS Fellows
本年度は、前年度実施のケニア中央部での現地調査でえられた資料の整理と分析をおこなった。植民地期の公文書から当時の原住民統治の実態を明らかにし、そこで得られた知見を、現地で実施・収集した世帯調査ならびに口頭資料で補完した。(現地調査から、外部からの構造変化にたいし共同体の伝統的な慣習がいかに変化したかを把握することが、研究課題の遂行に最も有効な方法であることが明らかとなり、また現在のケニアという国家自体、英国がもたらした植民地的な遺制の多くを継承していることから、これらの点に重点をおき研究を進めた。)資料の分析のうち最も注目すべき知見は、1940年代以降の社会経済状況の変化に際しアフリカ系住民が、伝統的な慣習を放棄し新たな価値観に従うのではなく、地方議会という公の場で自分たちの慣習を慣習法として意図的に操作・運用することで状況に対応していたことだった。アフリカ人評議員による慣習の意図的操作は、婚姻慣行、花嫁代償、女子割礼で顕著に行われていた。婚姻慣行では姦通、離婚、婚前妊娠の増加などの社会問題にたいし、慣習法の運用で対処を試みた。花嫁代償(結婚を機に渡される物品のこと)では、財の交換が伴うことから、評議会はこの問題をたびたび論じた。現金での支払いの是非から、酒を飲まないキリスト教徒の両親への代替物をどうするか、など伝統的慣習が想定していなかった事態への対処を迫られたのである。女子割礼にいたっては伝統的慣習の典型であるにもかかわらず、アフリカ人医師の要請をうけ、「原住民の法と慣習」に反すると評議会が宣言して、慣習自体の廃止を決議してしまった。資料の分析から慣習、すなわち特定の社会で歴史的に成立・発達した伝統的な行動様式は、植民地期にその性格を著しく変えたことがあきらかになった。今日のアフリカ社会の苦境のひとつは、植民地支配のもとで導入・再編された慣習が社会の基盤となり、そして時には人々のアイデンティティーの源泉となっていることである。今回得られた知見は、植民地支配がアフリカ社会にくわえた歪みの様相を具体的に示している点で、貴重な知見といえる。
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