Research Abstract |
人類特有ともいえるオトガイの突出部(chin)の形態は、系統発生学的見地から言語の発達と何らかの関連があるとされている。しかし、この問題を取りあげた研究報告は少なく,chinの成長についての結論を得るに足りる十分な証拠は,いまだに発見されていない。 そこで本研究では,まず,構音運動時にchin周囲に生じる応力分布を知ることが重要と考え,生体に近似の顔面有限要素モデルを作成し,日本語5母音発音時における構音運動を,モデル上に再現した。 各母音発音時の口唇形状および下顎開口度に依存する応力分布を示しており,口唇部軟組織の緊張度が高いと思われる母音ほど,応用値が大きい傾向を示した。また、5母音の応用値の総和では,歯頸部からchinにかけての陥凹形態に類似した応力分布を示し,chin付近にのみ引張応力が認められ,この引張応力は左右的にみても正中部のみに限局していた。 口腔は消化器系の一部といわれており,構音運動時のみでなく,吸引,咀嚼,嚥下時にも,口唇が重要な役割を果たしている。また,進化の過程で後退した歯槽部により,下顎前歯はより直立し,受ける咬合力も変化してきたものと思われ,これもまた骨形態を変え得る機能的要因の変化であるといえる。したがって,本研究結果がchinの形態形成に直接的に関与すると断言することはできないが,5母音の応用値の総和から,B点付近の骨の陥凹形態に類似した応力分布を示し,正中部のchin付近にのみ引張応力が認められたという点で,発音時のchin周囲における応力分布が,この部位の形態形成に何らかの形で関与しているものと考えられた。
|