Research Abstract |
ランタノイドやアクチノイドのような重い原子を含む化合物を電子状態理論で取り扱うためには,電子相関効果と相対論効果の双方が重要となる。相対論的な電子相関理論には特有の困難さがあり,特に多電子波動関数の基となる1電子波動関数を扱う理論はほとんど開発されてこなかった。本研究では,非相対論で開殻系分子や化学反応を扱う際の重要な1電子波動関数理論であるMCSCF法を相対論に拡張し,そのプログラムコードを開発する事を目的としている。 本年度はまず,非相対論においてα,βスピンの軌道エネルギーを異なるものとして扱う非制限型の方法に対応する,Kramers-unrestrictedな相対論MCSCFの方法論を導出した。MCSCF法を実行する過程でNewton-Raphson方程式というエネルギーの微分方程式を解く必要があるが,厳密解を得るには次元数の3乗の計算コストがかかり,現実的でない。そこで,非相対論で用いられている解決法のひとつで,線形方程式を固有値問題に置き換えて近似するAugmented-Hessian法を複素数値関数に拡張する事で,より低いコストで計算を行う事を可能とした。また,今回開発した手法で構築した1電子波動関数を多電子波動関数理論である相対論GMC-QDPTで利用できるようなプログラムを開発した。 開発した手法を用いて,単結合・三重結合二原子分子のポテンシャル曲線およびI_2分子の垂直励起エネルギー計算を行った。その結果,これまで用いられてきた最も単純な1電子波動関数であるHartree-Fock波動関数を用いた場合と比べ,より定量的に実験値を再現する計算結果が得られた。この結果は,今回開発した手法を用いる事で相対論においても非相対論と同様に,化学反応系等のより広範な応用範囲で高精度な量子化学計算を実行する事が可能となった事を示している。
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