Research Abstract |
運動は適度に行えば筋・骨などの運動器系の発達を促進するが, 脳にも作用し, 可塑性を高めることが明らかになりつつある. とりわけ海馬では, 輪回し運動による神経新生やシナプス伝達効率, 並びに空間認知機能などの増加効果が報告され, その際, 海馬に発現が増加する神経栄養因子群の一つ, 脳由来神経栄養因(BDNF, brain-derived neurotrophic factor)を誘導し, 海馬の機能を高めることが知られる. しかし, この効果は走行距離に依存するものの, 運動強度などいかなる運動条件が有効かはいまだ決着をみない本研究では, 下肢速筋の肥大を促す負荷付き輪回し運動装置を用い, 走行距離よりも力型の仕事量を高める運動が海馬に関連した認知機能を高めるかどうかを検証することを目的とした. 実験には成熟した雄ラットを用い, 個々に体重当たり30%の負荷付き自発運動(RWR), ならびに負荷無し自発運動(WR)を4週間行わせ, 以下の3つの実験を検討した. 実験1では, RWRの走行距離がWR群の53%を示す一方, 仕事量は8倍に増加. 更に, 速筋型の足底筋の肥大やミトコンドリア酵素活性(CS)が増加することなどからRWRの妥当性を確認した. また, RWRが海馬のBDNFや情報伝達因子の遺伝子発現を有意に増加させることを確認した. 実験2では, RWRが海馬に関連した空間認知機能やBDNF作用へ効果をもたらすかどうかを検討し, RWRが記憶再認テストにおける成績を向上させるとともに海馬のBDNFやp-CREB蛋白質を有意に増加させ, 空間認知機能の向上に関与することを明らかにした. 実験3では, RWRが空間認知機能を担うとされる海馬の神経新生を増加させることを確認した. 本研究により, 自発走では, 適度な負荷をつけて総仕事量を高めれば, たとえ走行距離が短くとも, 海馬のBDNF作用を介して神経新生や空間認知機能を高めることが明らかとなった. これは走行距離だけでなく高い負荷(仕事量)条件も, 海馬の神経脳可塑性や認知機能を高める要因となりうることが初めて示唆された. さらに, 研究が進めば, 海馬の可塑性を高める要因として, 新たに"力"の要素を加えることができ, 今後, 自発的に短時間で行う筋トレーニングが海馬の可塑性を高めるなど, 脳機能を高める新たな運動処方開発に道を開く可能性が期待できる.
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