本研究は、慢性骨髄性白血病の治療に汎用されるニロチニブに関して、治療上の障害となる副作用である高血糖に着目し、その発症機序を明らかにすることを目的とした。一般に、チロシンキナーゼ阻害薬は分子標的治療薬に分類されているため、抗体医薬と同様に標的分子への特異性が高いと考えられていたが、実際には開発段階で想定された標的分子(プライマリーターゲット)以外の分子に対しても作用すること(オフターゲット効果)が明らかとなってきており、これが薬効の延長線上で捉えられない副作用発現に繋がる可能性が指摘されている。そこで本研究では、ニロチニブによる高血糖の発現にオフターゲット効果が関与していると想定した。過去の報告から膵臓ランゲルハンス島に発現し、血糖コントロールに関連する可能性がある分子としてSLC7A5およびTHADAが考えられた。そこで本研究では、ニロチニブがSLC7A5およびTHADAを阻害し、インスリン分泌を低下させることで高血糖が発現するという仮説を置き、細胞系を用いて実験的に検証することとした。マウス膵臓β細胞様培養細胞株であるβTC細胞は、グルコース負荷に応答してインスリン分泌が生じるため、この細胞培養系を用いて検討を行った。まず培養条件を検討した結果、25mMグルコースを含む緩衝液を使用して2時間培養した際にインスリン分泌量が最大値を示したことから、この条件により検証を進めた。次にニロチニブによってインスリン分泌量の低下が生じるかを確認するため、予めニロチニブを臨床濃度で暴露したβTC細胞に対してグルコースを負荷した際のインスリン分泌量を測定した。その結果、ニロチニブの暴露によりインスリン分泌量は低下した。今後速やかにSLC7A5およびTHADAの遺伝子発現をそれぞれ単独で抑制した際の、インスリン分泌応答への影響を定量的に評価していく予定である。
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