19世紀前半のロシアにおける音楽美学の展開 - V. オドーエフスキーを中心に
Project/Area Number |
15J00266
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Research Category |
Grant-in-Aid for JSPS Fellows
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Allocation Type | Single-year Grants |
Section | 国内 |
Research Field |
European literature
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
三浦 領哉 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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Project Status |
Completed (Fiscal Year 2016)
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Budget Amount *help |
¥1,900,000 (Direct Cost: ¥1,900,000)
Fiscal Year 2016: ¥900,000 (Direct Cost: ¥900,000)
Fiscal Year 2015: ¥1,000,000 (Direct Cost: ¥1,000,000)
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Keywords | ロシア音楽史 / ロシア音楽思想 / オドーエフスキー / グリンカ / ロマン主義 / ロシア文化史 / 音楽思想 / 音楽美学 / 新プラトン主義 / ドイツ観念論 |
Outline of Annual Research Achievements |
オドーエフスキーの音楽に関する著作においては、年代を下るに従って、マクロな議論からミクロな議論へと移行していく傾向が見られる。彼のキャリアの初に書かれた論文では、「音楽とは何か」という問いとともに議論が展開されているのに対し、1820年代後半からはむしろ「音楽の美とは何か、それはどのようにして達成されるのか」という音楽美学の問題へと移行している。さらに30年代前半には古今の有名な作曲家を題材とした「音楽小説」が書かれ、後半からは作曲家の作品とその作曲思想への評論を通じ「ロシアの芸術音楽とは何か」を論じている。哲学論文から音楽小説へ、そして音楽評論へと「メディア」が変化していったとすれば、その思想の対象と内容もそれぞれに適した規模のものへと変化したかもしれない。つまり、オドーエフスキー自身の音楽思想の対象が一般的な音楽哲学から個別的な音楽美学へと変化していったことは、このような表現手段の変化の表れであったのではないだろうか。 そこで史料を参照してみると、それと前後してオドーエフスキーとグリンカの個人的関係が始まっていることがわかる。両者の手紙を仔細に検討すると、オドーエフスキーとグリンカを結びつけたのは、当時盛んにペテルブルクで演奏されたベートーヴェンの交響曲であり、ロシアの「ベートーヴェニアーナ」を通じて両者が「ロシア固有の芸術音楽」に向かっていったことが確認される。このことは、ロシア音楽におけるロマン主義が国民主義へと変化していく過程において、ドイツ・ロマン主義の思想が基礎となったことを明確に示している。これにより、19世紀前半のロシア音楽思想史の流れにおける根幹となる思想的潮流をあぶり出し、ロシア音楽思想史の通史的記述への道をある程度開くことができたと考えている。
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Research Progress Status |
28年度が最終年度であるため、記入しない。
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Strategy for Future Research Activity |
28年度が最終年度であるため、記入しない。
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Report
(2 results)
Research Products
(8 results)