1、研究目的 : 「涅槃図」とは、仏教の始祖である釈迦が亡くなる場面を描いたものである。日本では法隆寺五重塔塑像群中にすでに造形化が見られ、平安時代末以降、特に絵画作品が非常に多く制作された。現存作例数が非常に多く、基本的な調査さえされていないものが多いことから、本研究では、申請者が勤務する滋賀県を中心に、現存する涅槃図の基礎調査を行い、基本情報の収集を主目的とした。 2、研究方法 : 現地調査を第一とし、涅槃図の所蔵先・寄託先に赴き、デジタル一眼レフカメラによる実作品の写真撮影を行う。それと併せて状態や寸法、来歴などを記入した調書を作成する。その後、得られたデータを用いて、その作品がどのようにして制作されたのか、また他作品とどのように関係しているか考察を加える。 3、研究成果 : 本年度中に9作品の実地調査をすることができた。このうち、大津市歴史博物館が寄託を受けている大津市小野の寺院に伝来する作品について、全く同じ図柄の涅槃図を2作品(東京・大倉集古館本、兵庫県立歴史博物館本)確認することができた。涅槃図を制作する際、いくつかの型が存在することは先行研究によって明らかにされているが、ほぼ同じ図柄というものは極めて珍しい。そして、これら3作品に共通する祖本が存在し、それが現在京都・長福寺に所蔵されている。この涅槃図は中国の南宋時代に制作されたものと考えられている。つまり、平安時代末から鎌倉時代にかけて、大陸から日本にもたらされた涅槃図を参考に、日本において新しい形式が生み出され、それを用いた作品が各時代、各地域で制作されていったと考えられる。仏教美術史を考える上で、平安時代末から鎌倉時代における大陸からの影響は非常に大きな意味を持っており、各分野で研究が進められている。本研究においてはそれを涅槃図の観点から再認識するものである。
|