本研究は、平安時代の仮名自筆資料の分析により、当時の文字表記意識を解明することを目的としており、本年度『高野切本古今和歌集』を用いて文字表記の実態を分析した。『高野切本古今和歌集』は三人によって分担書写されており、一人は書写者が推定されている。したがって、おおよその書写年代が判明されるものである。主として、行に対する意識と異体仮名の使用状況について分析・考察を行った。行に対する意識に関しては、和歌の上下句の区切れを意識した書写がなされていた。つまり、上句と下句をそれぞれ一つの単位として書写が行われていた。しかし、一方でそれとは異なった書写である「故実」と称される書写も同時に行われていた。平安時代以降、和歌の書写は「故実」がなくなり、上下句の区切れを意識した書写になっていくのであるが、『高野切本古今和歌集』が書写された当時はその移行期であったと考えられた。次に、異体仮名の使用状況に関しては、いくつかの仮名に規則的な使用が見られた。句頭句末を意識したと考えられる。そしてそれは、「読みやすさ」を求めたものと考えられた。ただし、文字の連続性と字体との関連も考えられた。また、文法との関連について仮名「は」をもとに分析を行った。『高野切本古今和歌集』の書写者三人に共通して、係助詞に平仮名「は」の文字を多用する傾向があった。また、接続助詞を中心に異体仮名「盤」の文字が使用されており、濁音表記との関連が考えられた。名詞においても「盤」の文字は使用されているが、名詞においても濁音があることから、濁音と清音との区別を示すものであった可能性が考えられた。以上のことから、緩やかではあるものの、文字表記に規範はあったものと考えられた。
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