近世期初頭の学問・学芸・出版の実態と背景を明らかにすることをめざして、これまで古活字版を所蔵する機関ごとに悉皆調査を行ってきた。 2018年1月刊行の鈴木俊幸編『書籍文化史』19集において、静嘉堂文庫、成城大学図書館、篠山市立青山歴史村、今治市河野美術館、名古屋市鶴舞中央図書館、高野山大学図書館、大正大学図書館、大妻女子大学図書館で行った調査によって得られた詳細な書誌データを掲載し、これまでの書誌データと合わせると1080点になった。 今年度は主に、268点の古活字版を所蔵する大東急記念文庫の他、国文学研究資料館、国立国語研究所、研医会図書館等で調査を行った。これで1500余点の書誌データの蓄積ができたが、悉皆調査を通して、未知の種類の伝本を数多く発掘できた他、多くの新知見が得られたことは大きな成果である。 そのうちの一つが慶長10(1605)年に京都の要法寺で刊行された古活字版の『沙石集』についての新知見である。二種類の「別版」の存在が知られていたが、調査の結果、これまで「別版」と思われていた二種の古活字版は、一部の巻を除いて本文部分は「同版」であることが実証できただけでなく、二種類の古活字版は、同時並行で開版作業が進められていたという書誌学的にも驚くべき事実が明らかになった。同時に伝本の一つから見出された刷り反古の存在から、要法寺という場の性格と人的環境を知る新知見が得られたことは当初の目論み以上の成果であった。
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