Research Project
Grant-in-Aid for Young Scientists (Start-up)
認知症高齢者をめぐる医療的ディスコミュニケーションの実態については、いまだ明らかでない部分が多い。そもそも医療に関するコミュニケーションには正確無比な指標があるわけではなく、医療的判断や意思決定にも文脈依存的な性格が強く存在しているので、唯一の基準でディスコミュニケーションと決定できない側面がある。患者本人の自己決定に基づくことを最優先するリビング・ウィルや事前指示(advance directives)の思想は、合理的判断能力を有する自立的個人を前提しており、「判断能力には問題があるが、意識がないわけではなく、深刻な認知症のために自己の意思や考えを十分には他者に伝えられない」状況にあって他者の介護を必要とする認知症患者には適当しない。本研究では、認知症高齢者をめぐる医療的ディスコミュニケーションの発生以前に、広く社会に存在する認知症高齢者とのディスコミュニケーションを、さまざまな場面で検討した。主なものをあげると、介護職員を参加者にした定期的な哲学カフェを開催し「認知症ケアと安楽」を議論したものや、保育園児や小学生を対象とした認知症サポーター講座を実施して、「老いの意味」を考える教育のあり方について検討した。これらの研究活動から明らかになったことは、認知症高齢者の医療的ディスコミュニケーションの背後に、認知症ケアの文化的意味が未開拓であり、老いの生き方そのものが問われている現状があるということである。