本研究は「崇高」の美学と政治の関係についてファシズムを対象に考察する。崇高は一般的な美学的理解において、美の調和を打ち破り、対象の無限性を呈示する経験とされている。しかし他方で、崇高の感情を反省するなら、それは高揚感をもたらし、自己を超越するものとの一体感を得るような経験でもありうる。そのため政治の領域において崇高の感情はしばしば利用され、それを最大限に利用したのがファシズムであった。本研究は崇高という観点からファシズム期および今日のファシズムを表現する視覚表象を分析し、崇高の美学と政治の関係について考える。また、崇高の美学がイデオロギー化していく機制について考察する。
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