本研究は、モンゴル北部に暮らすトナカイ牧畜民ツァータンを対象とし、現代的適応戦略と物質文化の変容を明らかにすることを目的として実施された。 具体的には、トナカイを中心とした牧畜生活を送る世帯[タイガ牧畜世帯]と、トナカイ以外の家畜を主とした牧畜に転換した世帯[草原牧畜世帯]を対象に、(1)トナカイ牧畜と密接な関係を持つ物質文化の変容、(2)新たに生み出された「商品」としての物質文化の状況、(3)近年の社会経済的環境変化とそれに対する適応戦略、に関する情報収集と比較をおこなった。 その結果、(1)については、特に草原牧畜世帯で物質文化変容の程度が著しいことが確認された。タイガ牧畜世帯では、一部道具類の材質が木材や樹皮からアルミに変化する状況がみられたものの、トナカイ牧畜に関わる物質文化は比較的多くの要素が保持されていた。一方、草原牧畜世帯では、ウシやヒツジなどを主要な家畜とし、冬季のみ少数のトナカイを輸送・移動用に飼育していた。こうした世帯では、モンゴル式の「ゲル」に住み、物質文化のほとんどが近隣のモンゴル系牧畜民と同質化していた。 (2)については、タイガ牧畜世帯において、数年前からトナカイ角を素材とした彫刻が制作されていた。彫刻の多くは動物をモチーフとし、価格は大きさに応じて3~20USドル程度と幅がある。おもに外国人観光客に販売して現金収入を得ており、販売量は増加傾向にあるとのことであった。 (3)については、付近のタイガ地域で2004年頃と2009年10月に相次いで金鉱が発見され、以来毎日100人以上が採掘に携わる状況になっている。こうした中、付近の住居はモンゴル全土から集まる採掘者の中継地点となり、特に冬季にはトナカイが移動手段として稼動するようになった。トナカイ1頭につき1日100USドル程度の使用料が得られるとのことで、ツァータンにとって新たな現金収入手段となっていることが示された。
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