Research Abstract |
薬毒物検査は法医実務において重要な検査項目の一つであり, 血中濃度測定は必須である。血中濃度測定の試料としては, 胃に近い心臓血はアルコールなどを経口的に摂取すると, 死後胃内の薬毒物が周囲に拡散し, 実際の血中濃度よりも高値を示してしまうため, 胃から遠い大腿静脈血を選択するのが一般的である。しかしながら, 大腿静脈血を採取するには手間がかかり, 状況によっては充分量が得られない場合がある。そこで, 鎖骨下静脈血が薬毒物濃度測定に適しているか否かを検討した。 期間中に実施された法医解剖例のうち, ガスクロマトグラフを用いた気化平衡法によって血中からエタノールが検出された5例(男性4女性1, 年齢40-72(平均59)歳, 死後経過時間28-57(平均45)時間)について, 心臓血, 大腿静脈血, 鎖骨下静脈血中のエタノール濃度を比較した。一般的にいわれているように大腿静脈血は心臓血に比して低い濃度(濃度比の平均0.91)を示した。一方, 鎖骨下静脈血は大腿静脈血に比して僅かに高いが(濃度比の平均1.07), 心臓血と比較すれば同程度に低い濃度(濃度比の平均0.93)を示した。心臓マッサージ実施例, 腐敗例がなく, それらの鎖骨下静脈血の濃度に及ぼす影響については検討できなかった。 以上の結果から, 鎖骨下静脈血は解剖学的に心臓や胃に近いが, エタノールの死後拡散の影響がなく, 大腿静脈血と同様に死後の血中エタノール濃度測定に有用である可能性が示唆された。本研究の成果は, 解剖においては大腿静脈血に加えて末梢静脈血採取の部位が増え, 死体検案の現場においては外表からも穿刺しやすいため, いずれの場面でも濃度測定に適した有用な試料が得られやすくなると考えられる。今後, 事例を増やすことで, 今回検討できなかった心臓マッサージ等の影響についての検討や, アルコール以外の薬毒物の濃度についても検討したいと考えている。
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