本研究の当初の目的は、単原子解像力を持つ画像処理システムを備えた超高分解能走査透過型電子顕微鏡により、繊維を形成する高分子鎖の形態を直接観察し、繊維構造および繊維形成機構を明らかにすることであった。しかし、その試作において当初予定した電界放射型電子銃を装備することができず、分解能が計画値の1/2に低下し、単原子の分解が不可能となった。そのため、試作した電子顕微鏡による研究対象は高分子の単分子鎖ではなくその集合体に留まらざるをえなかった。一方、この間、単分子鎖の形態研究手段としての小角中性子散乱法にはめざましい発展が見られ、本研究においてもこれを代替手段として積極的に利用することにより目的の遂行を計った。紡織繊維の性能はその繊維構造と密接な関係を有する。繊維構造は結晶領域と非晶領域とからなり、特にその非晶領域における高分子鎖の形態は重要な研究課題である。これを直接研究することは非常に困難であるが、本研究ではこのような拘束空間における高分子鎖の形態研究のためのモデルシステムとして、ブロック共重合体のミクロドメインにおける高分子鎖の形態の研究を行い、基礎的知見を得た。またブロックあるいはグラフト共重合体高分子を利用した紡織繊維の改質も重要な研究課題であるが、この目的のために本研究ではブロック共重合体及びその混合系の相分離構造および表面構造を、試作した電子顕微鏡を用いた研究により明らかにした。さらに、電子顕微鏡および小角中性子散乱法は、高強力高弾性率繊維材料である液晶性ポリエステルの構造研究や、繊維の物性を大きく左右する繊維の吸湿機構の研究に対し、非常に有効であり、重要な知見が得られた。これらの研究は次の三つのサブテーマに分類される。1)小角中性子散乱による拘束空間中における高分子鎖の形態に関する研究。2)透過型電子顕微鏡によるブロック共重合体のミクロドメイン構造に関する研究。3)ポリエステル系繊維並びに液晶高分子の高次構造に関する基礎研究。
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