研究概要 |
シ-ボルト収集動物標本のうち,腔腸動物,触手動物,昆虫類,甲殻類(剣尾類も含む),魚類,両生類,爬虫類,鳥類,哺乳類,化石についてオランダ国立自然史博物館において標本の探索を行い,約2,800点を見出して調査,撮影を行うことができた。また,オランダ国立自然史博物館保存の各種の文書(年報や標本受け入れの台帳,標本送り状,手紙類)についても調査も行い,シ-ボルトが当初ど分くらいの数量の標本を送付したのか,それらがオランダに届いてからどのように取り扱われたのかを調べた。シ-ボルトが出島で描かせたり,江戸において貰い受けたりした各種の動植物写生画についても,その内容,質,数量,どのように活用されたかといったことを調べた。こうした調査研究活動によって次のようなことが判明した。 1.シ-ボルトの動物標本収集の意図:出島に着任してから間もなく,日本の動物に関マる包括的な著書,ファウエ・ヤポニカの出版を企画していたことが明らかになった。出島からオランダ国立自然史博物館に手紙を送って館長に協力を求めていた。また,その計画にそって標本と関連資料の調査や写生画の準備にも早期に着手していたことが明らかになった。 2.シ-ボルト収集動物標本の内容と特色:多彩で,いろいろな種が集められている。将来の研究材料として活用できるように,乾燥標本だけではなく,液浸のものも準備されていた。同一種であっても,多くの個体が集められていた。それは,雌雄差や色彩の変異,個体差を考慮したためである。質は一般に極めて高い。標本作成はかなり入念に行われていて,標本の送付においても種々の工夫がなされていたことが判明した。 3.シ-ボルト標本のオランダ国外への移管:予想外に多くの標本がロンドンやパリの博物館に送られている。鳥類,哺乳類の場合には特にその割合が高く,およそ60%の標本が外部に持ち出されていることが文書上の記録と保存標本数との比較,およびロンドンやパリその他の博物館との情報交換によって明らかになった。甲殻類の場合で約15%,貝類ではおそらく40%が持ち出されている。一部の標本は博物館ではなく,標本商に売卸されていたことも文書の調査で判明した。こうしたことから,シ-ボルト収集の動物標本は記録に残っている数量よりもさらに多く,充実したものであったことが明らかになった。 4.各種彩色写生画:川原慶賀筆のもので,ファウナ・ヤポニカの原画として用いられた魚類および哺乳類の図について調査を行い,どのように用いられたのか,その活用の実際を調べることができた。また,この他に,原画としては使用されなかったものの,両生類,爬虫類の図が存在することを文書類の調査で突き止め,発見することができた。他に,江戸の自然史研究者からシ-ボルトに贈られた各種の写生画についても調査した。 5.棘皮動物を対象にしたファウナ・ヤポニカ第6巻は未刊に終わったが,準備された図版は12葉あると考えられていた。しかし,偶然に調査メンバ-の一人がオランダ国立自然史博物館の標本庫の片隅に埋もれていた印刷用石版原版を発見した。それを印刷復原したところ,第15図版が現れ,実際は15葉あったことが判明した。 こうした調査研究活動によって,シ-ボルト収集の動物標本類の全体像を把握することができた。また,結局は刊行されず,幻の著作に終わったファウナ・ヤポニカ第6巻について新知見を得ることもでき,どの程度まで準備されていたのかを知ることができた。他にも,シ-ボルトの構想を具体的に知る上で種々の前進があった。成果の一部は研究成果報告書において発表するが,膨大な数の標本が対象になるため,数年計画で順次に著書や論文において発表を行っていくことを企画し,準備を進めている。そして,シ-ボルトの活動を理解し,彼の貢献をより正しく評価する上での基礎的な資料を提供し,また,オランダに保存されている標本や関連資料類を今後に活用できる途を開くようにしたい。
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