研究概要 |
3年計画の最後の年である本年は,インドにおいてインド人共同研究者とともに村落レベルにおける潅漑用水慣行に関する実態調査を行った。調査地点は3つである。第一は,周年河川から分水する長大な用水路でもって広域な配水網をもつガンガ-用水路の受益地内の村落において,ウッタル・プラデ-シュ州の独持な番水制であるオスラバンディ制(時間給水)を実際に観際し,制度の原則と実態との違いを明らかにし,その要因を調査した。第二は,西インド,グジジャラ-ト州の河川潅漑地域内にある8つの水利協同組合を調査した。そして,第三は,南西インドのマハ-ラ-シュトラ州の季節河川から引水する用水路潅漑受益地内の水利協同組合である。いずれについても,調査標の集計がまだ完了しておらず,最終調査結果がまだでていない。 ウッタル・プラデ-シュ州の潅漑においては,ヒマラヤ山中の融雪水が流れ出す3月以降,およびそれにモンス-ンの降雨が加わる7月から9月にかけては,水の不足はほとんど感じられない。むしろ,問題は不規則なモンス-ンによる洪水の方が大きな災害である。たとえば,筆者たちが1990年10月から調査を開始した上ガンガ-用水路体系のメ-ラット管理地区では,1990ー91年の配水期間を夏作期(1990年3月29日から10月18日まで)と冬作期(1990年10月25日から1991年3月28日まで)に分けているが,夏作期間中はどの配水路・導水路もほぼ常時水が流れている。4月に2週間,5月と10月にそれぞれ一週間断水されるだけである。それに対して,乾季にあたり,しかも融雪水も少なくなる冬作期間には絶対的に水が不足する。しかし,この期間の主要作物は畑作である麦類と通年作物である砂糖キビであり,稲と異なり常時湛水しておく必要はないので,1週間または2週間配水しては3週間または4週間断水するという,配水路・導水路ごとの順番表を,潅漑局が農業局と協議したうえで決定し,作期の始まる前に農民に公示する。配水期間中は各配水路・導水路沿いの配水口(面積に応じて直径が定まっている土管)の水掛り地内の農民たとは各々,前以て定められた時刻に,定められた時間自分の耕地に潅漑を施すわけである。用水路の水を一度でも利用した農民は、夏作物については10月末に,冬作物については4月末に,作物ごとに定められた水利料率にしたがって作付け面積にもとづいて算出された水利料を,租税局の出先機関に支払わなければならない。 村ごとオスラバンディからトクごとへ,それから耕地団地ごとオスラバンディへと進化してきたのか,それとも個々の地域の事情に応じて同時的に並存してきたものなのか,現在それぞれの形態の割合がどの程度なのか,といった基本的なことさえいまだ解明されていない。詳細はまだ調査中であるが,保有地統合(日本における耕地交換分合・区画整理にあたる)が,トクごとオスラバンディから耕地団地ごとオスラバンディへの転換の大きな契機になっていることは確認できた。1960年代に保有地統合の完了したメ-ラット管理地区では,現在では耕地団地ごとオスラバンディが主流になっている。オスラバンディ制度の利点については,ウッタル・プラデ-シュ州政府潅漑局はつぎの3点をあげている。1.潅漑用水が適正に配分され,経済的に利用され,したがって食料生産が安定する。2.耕地内水路が耕作者たちによって清掃され,良好な状態に維持され,その結果受益地面積が拡大した。3.農民の間の粉争が減少した。 第一の点に関していえば,少なくとも最小限の潅漑用水を保証することにより,農業生産を安定させたことは疑いない。固別農民によるオスラバンディで定められた時間取水がそのまま遵守されているわけではないが,なんらかの事情で時間を変更する場合でも取水順番と時間の基準になっていることは疑いないところである。また,第三点の潅漑用水をめぐる農民の間の粉争は,ある程度は減少したかも知れない。しかし,同一配水路・導水路沿いの上手に位置する配水口の水掛り地内の農民が違法に水路堤を切って盗水するために,下手の配水口の水掛り地の農民たちが水不足に対処して自己負担で管井戸を設置せざるをえない状態におかれている例もまま認められる。さらに,第二の点では,筆者の見間では,必ずしも満足すベき状態にあるとは思われない。砂糖キビの搾り柄やその他の雑草が乳かんでいたり,牛車の轍で水路が破壊されていたり,水路幅が均等でなかったり,深さが一定でなかったりする例が多々見られる。
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